第26話 多忙な花音。その訳とは……


「はぁ……なんで俺じゃだめなんだよぉ……!」


「諦めろって、袴田……女なんて星の数ほどいるだろ?」


 たぶん、袴田くんは失恋でもしてしまったのだろう。ご愁傷様。

 まぁ、彼がどうなろうと俺には関係のないことだし、興味もない。


「今日も雨かぁ……はぁ……」


 俺もまた、別の意味で溜息を吐きつつ、教室を出てゆく。


 向かう先は、当然俺の昼飯スポットである本喫煙所後の東屋。

 雨の日は、ほとんどのクラスメイトが教室で、好きに机を並べて昼食をとっている。

 そんな中で、1人ポツンと食事をとれるほど、俺の心臓に毛なんて生えてない。だから雨であろうと東屋へ向かうのだ。


 それに、ここに来るのはやっぱり、花音がふらりとやってくるんじゃないかと、期待している節がある。


と、そんな中スマホがブルっと震え、飛びつくと……



花音『ごっめんっ!』


花音『今日もお昼一緒、難しいっ!』


 締めくくりは、目をうるうるさせて、"ごめんね"の吹き出しがついた、金の毛色のミニチュアダックスフントのスタンプアニメ。


 うん、なんかこのミニチュアダックスは花音にそっくりな気がする。


A.KOUDUKI『お気になさらず』


花音『別に葵くんと一緒にご飯食べたくない訳じゃないから!』


花音『ほんとは一緒にご飯食べたくて、しょうがないから!』


花音『でも、ちょっと状況が……』


 たしかにここ数日、お昼時やほうかごにバタバタと教室を出てゆく花音を目撃している。お昼も最近、一緒にとってはいない。


A.KOUDUKI『大丈夫』


A.KOUDUKI『いろいろ大変そうだけど、頑張って!』


花音『ありがと!』


花音『やっぱ葵くんって、優しくて、イケメンだねっ!』


 生まれて初めてイケメンと言われ、無茶苦茶動揺する俺だった。

どこからどう見たって、俺がイケメンなはずないじゃないか。


A.KOUDUKI『俺フツメンです』


花音『そんなことないかな』


 不意にドキッとするポストが花音から送られてくる。

これはいつもの冗談か? 冗談だよな……?


花音『葵くんはイケメンですっ!』


花音『自信もって!』


A.KOUDUKI『ありがとう』


花音『その調子! じゃ!』


 やっぱり花音とこうしてやり取りをしていると、自己肯定感爆あがりである。

とはいえ、調子に乗るまい。まぁ、調子に乗ったところで、微妙な空気になるのはお察しのことだし……


「早く、梅雨おわんないかなぁ……」


 梅雨さえ終われば、またキャンプができる。


 花音を誘うことができる。あの子だって、前のキャンプの時、望んでいると聞かされているので、もはやためらう必要はない。


 だから、彼女のここ最近の謎の忙しさは、梅雨の間に終わって欲しい。


 そう願ってならない、俺だった。



●●●



「ちわーっす! 香月酒店でーす!」


 なんだかんだで、Cafe  KANON様の配達担当っぽくなった俺は、もうだいぶ通い慣れた裏口のベルを鳴らす。

ここ最近、謎に忙しい花音に会えるのではないかと、わずかながら期待している節もある。


「はぁーい! 今開けまーす」


 出てきたのは花音を大人にしたような、とっても美人なママさんのエマさんだった。

ほんと、花守家の人って、お父さんもふくめて、みんな綺麗でかっこいいよなぁ……


 と、考えている中でも、仕事はしっかりと。

納品物をエマさんと一緒に確認し、受領書へ受領印をいただき、本日の配達は完了だった。


「あの、よかったらバームクーヘンの残りがあるんで食べて行きませんか?」


「え? 良いんすか?」


「ええ、もちろん。花音ちゃんは今いないけど、それでもよければ?」


「べ、別にいてもいなくても、俺はどっちでも……」


「うふふ、じゃあどうぞ」


 にっこり笑顔なエマさんに付き従って、バックヤードからお店の中へ。


 昼の営業が終了しているのか、お客は誰1人おらず、イケメンお父さんの冬芽さんが、一生懸命コーヒーカップを磨いている。


「おや、香月さん、いらっしゃいませ」


「ま、毎度どうもです」


「さっ、座って座って香月くん♩」


 さすがは親子だ。明るいのりが花音によく似ているエマさんだった。


 そうしてカウンター席に通され、しばらく待つことに。


 にしても目の前には、花音のお父さん……めっちゃ気まずいっっっ! とりあえず、俯いておこう。


「香月さん、一つ伺っても?」


 ふと冬芽さんの声が降り注いで来たので、机から視線をあげる。


「な、なんでしょ!?」


「娘とはその……花音とは、仲良くできていますか?」


「え、ええ、まぁそれなりに……」


「学校でのあの子の様子はどうでしょう?」


 なんだろ、この冬芽さんの雰囲気?

ちょっと真剣なような? すごく心配しているような?


「普通かなって、思います……?」


「普通とは? 具体的にどんな風に普通なのですか?」


「ですから、ええっとぉ……」


「もう、あなた! 尋問じゃないんだから、そんな聞き方しちゃダメよ」


 と、ここで助け舟。

柔らかい表情をしたエマさんが、美味しそうに盛り付けたバームクーヘンを手に、カウンター席へやってくる。


「あなたはコーヒーでも淹れてあげて。あと、床のお掃除と、仕込みの続きをお願いね!」


「心得た……」


 この家の真の支配者は、やはりエマさんのようだ。

花音も本当の奥さんになったらこんな感じなのだろうか……って、俺何考えちゃってるの!


「で、どうなの? 実際のところ?」


 しかし俺への尋問は冬芽さんが、エマさんに変わっただけらしい?


「学校での花音……は、花守さんは明るい様子かと……?」


「んもう、いちいち言い直さなくても良いわよ。花音ちゃん、あなたの話をする時"葵くん"って呼んでるんだから」


「そ、そうすっか……」


 花音、家で俺の話なんてしてるんだ。

どんな内容なんだろ……むっちゃ気になるっ!


「でも、安心したわ。香月くんのその口ぶりじゃ、あの子楽しく学校生活が送れてる見たいね!」


「そうですね」


 きっと花音は昔何かあったのだろう。ご両親の口ぶりから、なんとなく察することができる。

とはいえ、それをここで聞いても良いものなのだろうか……


「あの子が楽しく過ごせているのって、菜種ちゃんや、香月くんのおかげね。本当にありがとうね!」


「いえ、そんな……俺も、その……花音さんのおかげで前よりも学校生活とか楽しくなりましたから」


 俺の存在が、花音にとって良い方向に作用していることは誇らしかった。

何よりも、昔何があっただろう、あの子の助けになっているということは本当に嬉しい。


「じゃあ、香月くんなら見せちゃっても良いかなぁ……?」


「見せる?」


「あの子から引っ越す前に何してたか聞いてる?」


「なんかモデル? 的なことをやってたとは」


「うふ、やっぱり香月くんには話してたのね。だったら……その時の写真、みたい?」


「え!? い、良いんすか!?」


 普段から綺麗で可愛い花音が、もっと可愛く写っているはず……興味がわかないわけがない!


「花音ちゃん、勝手に見せると怒るから、これおばさんとの秘密ね?」


「は、はい!」


 エマさんはニコニコしながらスマホを弄りだした。

と、その時、店の外から聞き慣れないエンジン音が響いてくる。


「あらら、残念……帰ってきちゃったみたいね」


 エマさんは残念そうに、スマホをエプロンのポケットにしまってしまった。


うう、見てみたい……! モデル時代の花音……!


「ただいまぁー! って、葵くんっ!」


「お、お邪魔してま……んんっ!?」


 振り向いて、そこにいた花音の格好に驚く俺。


 なにせ花音は、小脇にヘルメットを抱え、頑丈そうなライダージャケットを着ていたからだ。


 まさか、さっき外から聞こえてきたエンジン音って!?


【ご案内】


 本日より近況ノートにて陰キャンプ・スピンオフ第二弾:『都会にいたころの花守 花音』を掲載いたします。

 なお、こちらの作品は一部分を<サポーター限定公開>といたします。あらかじめご承知おきください。

 今回は書き出しから暗ぁ〜くて、少々辛い仕様となっております。↑の更新分の花守夫妻のあのリアクションの原因を描いております。なのでそういうのが大丈夫だったり、本編とのギャップを楽しみたい方向けたものとなります。

 またこちらのスピンオフを読まずとも、本編はご理解いただけるようにしておりますのでご安心を! ただお読みいただければ、本編の深みが増すかと思います。

 どうぞよろしくお願いいたします

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る