第23話 楽しいと思うのは、花音のおかげ
「おはよ」
「……」
「花音?」
花音はテントの外で、やけにぼぉーとした様子で、シングルバーナーにかけられたケトルを見つめている。
「どうかした?」
「へ……あ、ああ! お、おはよう、葵くんっ! 起きてたなら声かけてよぉー!」
「いや、さっき一回かけたんだけど……」
「あ、あ! そ、そうだったんだ! ごめん……そ、それよりも! まずはどうする!?」
「どんな選択肢が?」
「コーヒーにするか、ご飯にするか……?」
ではコーヒーと……との選択で花音からフィールドコーヒーを受け取った。
前回同様、花音が淹れてくれるフィールドコーヒーはめちゃくちゃうまい。
俺がコーヒーを飲んでいる間に、花音は蓋がされているスキレットを、シングルバーナーにかけなおしていた。
やがてスキレットからジュワジュワといった音と、オイル系の香ばしい香りが上がってくる。自然と俺の腹の虫がうずうずとしだす。
「よっと!」
花音はスキレットの蓋をとり、代わりに平皿を乗せて、ひっくり返す。そうしてスキレットの中から現れたのは
、暖かそうな湯気をまといつつ、綺麗な焼き色が付けられた黄金色の塊。
「おお、綺麗!」
「ふふん、でしょ? 仕上げちゃうから、あとちょっと待っててね!」
花音は再び油を敷いたスキレットへ黄金ね塊を戻し、反対の面へ焼き色を付け始める。
そして再びお皿に戻し、表面に緑鮮やかな刻みパセリを散らせれば――
「今日の朝ごはんはスパニッシュオムレツです! 玉ねぎ、じゃがいも、ベーコンなんかを刻んでたまごと一緒に焼くだけの簡単レシピだけど、美味しいんだよ!」
「昨日がパエリアだったし、今回はスペイン尽くしなんだね」
「んふふ、ご名答! この間、お父さんが葵くんのお店からスペインのワイン買ってたから、インスピレーション受けちゃって! ささっ、あったかいうちにどーぞ」
家業のこととはいえ、花音が影響を受けていたことに、とても強い喜びを感じる。
「じゃあ、いただきますっ!」
花音が切り分けてくれたスパニッシュオムレツは、フォークで軽く切っただけで、そのふんわり感がよく伝わった。味ももちろん良し。
しかもじゃがいもやベーコンが、割と大きめの角切りとなっていて、ボリューム感がある。
最初、朝食がオムレツだけと聞いて、少し物足りなさを感じていたのだが、これだったら単品で十分!
「お味はいかがですか、お客様?」
「いつもながら大変おいしゅうございます」
「やった! おいしゅうございますゲット! あのね……」
突然、花音は頬を赤らめてモジモジとしだし……
「あ、葵くんにね、美味しいって言ってもらえるの、すごく嬉しいんだ。だから、これからも、一生懸命作るから、その……食べてくれる?」
「も、もちろん! いただけるものでしたら!」
こちらも何故か、頬が熱を持って、声を震わせながら答えたり。
それから俺と花音は、今日の予定をああだ、こうだと語らいながら朝食を進めて行く。
ーーこんな楽しい時間は、もう2度と俺には訪れないと、これまで思っていた。
だけど、花音のおかげで、花音と仲良くなったことで、俺は再び胸踊る日々を過ごせていると実感している。
●●●
「わぁー! きもちいいー!」
花音の明るい声と共、土手に設けられたウォータスライダーを滑っていた。
キャンプ場の近くにあるこの川は、水が綺麗なことと、そこそこ流れがあることから水遊びスポットとして認知されており、多くの人が訪れる場所だ。
「ねぇ、もう一回滑ってきてもいい!?」
「あ、ああ」
「じゃあ、これよろしく!」
と、俺は花音からスマホを渡された。
すでにカメラモードは起動済み。
「可愛く撮ってよね!」
「俺にこういうことで期待するな」
「葵くんなら、きっと可愛く撮ってくれるって信じてるから!」
花音はにっこり笑顔で、青いビキニに包まれた大きな胸をばいんばいんと揺らしながら、また土手を登って行く。
昨晩、一緒にお風呂に入って、花音の青いビキニ姿は目にしてた。
だからもう変な興奮はしないだろうと思っていたんだけど、やっぱり難しい。
日の下に照らされた花音の白い肌はとても綺麗で、笑顔は眩しくて、胸の谷間が深くて、これを意識しないのは至難の業だと思う。
さすが、元グラビアイドルの肉体美は伊達ではなく、俺だけではない、周囲の視線を集めてしまうのは当然のこと。
特に周囲にいるほぼ全ての男性陣の視線は花音の可愛い顔や、大きな胸に注がれているのが現状だ。
「わぁー! 葵くぅーん!」
そんな視線に花音は全く臆することなく天真爛漫に遊んでいる。
しかも常に俺の方を見ながらだ。
明らかに目立っている花音がそうしていれば、彼女に着目している男性陣の視線は、おのずと俺に集まってゆくわけで……
「あれがあの子の彼氏……?」
「嘘でしょ!?」
「冴えねぇ……」
外野、うるさい! なんて、こと言えっこない。しかも彼氏じゃねぇし。
俺は周囲の羨望と嫉妬に満ちた視線に肝を冷やしつつ、しかし平静を装って、花音の願い通り、ウォータースライダーを滑る彼女連写でおさめて行く。
「上手く撮れた?」
花音が明るい顔をして駆け寄ってくれば、周囲の俺の評価なんてどうでもよくなった。
やっぱり、こうして花音のそばにいると、自然と前向きというか、明るい気持ちになれると思った。
俺がスマホを返すと花音はさっそく、食い入るように画面を見つめだす。
「これかな?」
やがて、何故か俺のスマホから、音が鳴り響く。
RINEの送信者は当然、花音。
「ちょ!?」
「ナイスショットだから、保存しておいてね!」
確かにナイスショットだ。いい笑顔だし、胸の形や、太ももなんかもバッチリ。
申し訳ないけど、この画像はすごくエロい。というわけで……
「削除……」
「ええ!? なんで!?」
「誰かに見られた困るから……」
「誰も見ないでしょ? 葵くんの友達って、いまんところ私だけなんだから!」
「ぐっ、そ、それは……」
随分俺に慣れたもので、花音はズケズケというようになっている。
まぁ、俺も心を許しているし、花音もそうみたいなので、悪い気はしないけど……
「てぇ、わけで! ちゃんと保存しておいてよね!」
またしても、同じ花音の水着姿が送られてくる。
これ以上、削除とかしたら本気で怒られそうなので、他人がおいそれとは見ることのできないロックフォルダへ保存しておく。
……しかし参ったな、この画像、すごい破壊力だぞ……これ使って、俺がなにをしても知らないぞ、全く……
●●●
「キャンプ場にレストランだなんて、すごいよね!」
「ここは自然をテーマにしたテーマパークだからね。キャンプ場はアトラクションの一つってとこかな」
川で散々遊んだ俺と花音は、次の目的地である、レストランへ昼食を取るために入って行く。
キャンプ場にあるレストランと聞いてあまり期待はしてなかったが、結構本格的な内装だった。
俺と花音はパスタランチセットをそれぞれ頼み、森林がよく見える、テラス席に座る。
そうしてしばらく待っていると、
「わぁ! 美味しそうぉ! 撮っとこっと!」
と、花音は言いつつ、トマトソースのペンネをパシャパシャとスマホに収めていた。
そういう姿を見ていると、俺のような隠キャと花音が一緒にいるのが、今でも信じられない。
そんなことを考えつつ、俺は注文したジェノベーゼを口へ運ぶと、正面からパシャリ。
「おい、撮るな」
「だって、葵くん、全然撮んないんだもん!」
「別に料理を撮るのはいいけど、俺はいらないだろ?」
「よく一緒に撮られてるってわかったね?」
「そりゃ画角でわかるって」
「へへ、そっか、そっか、うふふ……」
今日の花音はずっとご機嫌な様子でとても嬉しい。
昨日は色々あって、落ち込んでばかりいたからな。
やっぱり、花音はこうやって笑っているのがよく似合う。
「はい、あーん」
と、突然目の前にフォークで巻かれた真っ赤なパスタが。
花音はイタズラっぽい笑みを浮かべながら、巻いたパスタを俺の口に向けている。
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