第24話 葵は気持ちを伝える


「私たち、ここにいるときは夫婦なんでしょ? だったらこれぐらいしてもいいよね?」


「いやだけど……」


「あっち見てごらん?」


 花音に促された方向を見てみると、若いカップルがあーんでパスタの食べさせ合いをしている。

というか、結構な人が同じことをしているような!? なんか家族づれも、お子さんを交えてあーんをしあっているぞ!?


「ここであーんした家族って、ずぅっと仲良しで居られるってジンクスがあるんだって。レヴューにも書いてあるんだよ?」


「家族って……俺と花音はその……」


「ここにいる間は夫婦なんだし、良いっしょ! それに……私はずっと、葵くんと仲良しで居たいから……」


ほんの少し、暗さをはらんだ花音の青い瞳に、どきりと心臓がなった。

なんだか、とても断りづらい空気になりつつある。


「し、仕方ないな……」


 俺はドキドキ心臓を鳴らしつつ、恐る恐る花音の差し出したパスタを口へと運んだ。


「美味しい?」


「お、美味しゅうございます……」


「んふ。じゃあ今度は私の番だよね……?」


 花音はスッと目を閉じて、やや前のめりになって、血色のいい唇を向けてくる。


 まるで昨晩の夢の中で、キスをしてきた時の花音のような。


 頬が熱を持ち、心臓のドキドキが最高潮に達する。


「は、早くしてよ。この格好なかなかハズいんだから……!」


 そう唇を尖らせる花音の頬も真っ赤で。

人にするときは臆せずするくせに、自分となると恥ずかしがる。

最近、わかった花音の特徴だ。

 こんな花音を知っているのは、親友の菜種さんを除いて、俺だけだったら良いなと思ったり、思わなかったり。


「は、早くたべさせてよぉー!」


「わ、わかった!」


 俺はぎこちない手つきで、フォークへグリーンが鮮やかなパスタを巻き付けた。


 花音は俺が差し出したパスタをパクんと一口で。

よっぽど美味しかったのか、とても幸せそうな顔である。


「じゃあ、もう一回! あーん♩」


 花音は再びニコニコ笑顔でペンネを突きつけてくる。

もう一回も、2回も一緒だと! と、差し出されたパスタを食べて、俺もやり返して。

なんかそんなやりとりが数回続いて、ふと……


「あのさ、花音。これお互いに食べたいパスタ選んだじゃん?」


「そうだね。それが?」


「俺、全然自分が頼んだジェノベーゼを食べた記憶がないんだけど……」


 食べさせあっていたため、お皿はほとんど空になってしまっていた。


「あ、ホントだ……あはは……どんだけ食べさせあったんだろうね、私たち……」


 お互い、ほとんど空になってしまったお皿へ視線を落として、顔を真っ赤に。


 時々、こんなことをしているカップルを見かけて"リア充◯ね!"なんて思ったことはあったけど、まさか俺がこんなことをする日が来るだなんて……


●●●


 小っ恥ずかしい昼食を終えたら、もうほとんど時間がなくなっていた。


 そこで俺たちは最後の目的地である、温泉施設へ足を運んだ。


 とはいえ、昨晩のように一緒に入ることなどできるはずもなく、別々に入っている。


 そういえば、このキャンプ場に来てからずっと花音と一緒で、久々の1人のような気がする。


ーー元々、俺は1人が嫌いじゃないし、苦にもならない。

だから、今のボッチ生活も、他人の目させ気にしなければ、そこそこ楽しめていた。

そしてこれからも、俺はずっとぼっちでやって行くものだと思っていた。


 だけど、こうして久々に"1人"になると、なんとも言い難い寂しさを感じる。


 1人は気楽で、自由だが、代わりに何かに心を動かされたりしても、それを誰かと共有することができない。


 それに共有できるのが誰だって良いわけじゃない。


 無作為にいいねと言われても、そのときは気分が良いかもしれないが、過ぎ去ってしまえば残るものは少ない。

でも、気の置けない相手との共有は、いいねだけじゃないやりとりとか、新しい発見とかを与えてくれ、それは思い出といった形で自分の中に残り続ける。


 そのことに、改めて気づかせてくれたのが"花音"だ。


 楽しくて笑い、悔しかったり寂しかったりで泣いて、最近は仲良くなり始めよりも軽く口論するようにはなった。

でも、こういう血の通った交流が楽しいと、花音は改めて感じさせてくれた。

花音のおかげで、俺は再び、誰かと何かをする楽しい日々を取り戻したような気がしていた。


 もう2度と手に入らないと思っていた、もう俺に一生縁がないような、もう2度と失いたくはない、楽しい日々を……。


ーーだからこそ、きちんと言葉にしなきゃと思う。


 未だに恐怖心はある。もしかしたら、こう考えているのは俺だけなのではと思う節もある。

だけど、尻込みをしてちゃ、人気者の花音のことだ、あっという間に指の間から、この関係がこぼれ落ちてしまうかもしれない。


 それだけはもう嫌。1人には戻りたくはない。もう戻れない。そう俺は思う。


「待った、あ・な・た?」


 ロビーで待っていると、白い肌をほんのり桜色に染めた花音がやってきて、ソファーの隣に腰をおろしてくる。


「ぐっ……まぁ、ちょっと……」


 お風呂上がりの花音は相変わらずのテンションで、いい匂いがして、綺麗で。

今でも、俺みたいな冴えないやつがそばにいて良いのかな、と思うところはある。

でも……


「ど、どっちのむ?」


 皮切りにとフルーツ牛乳とコーヒー牛乳を花音へ提示する。


「わぁ! 買ってくれたんだ! ありがとう!」


「い、いや……で、どっち?」


「葵くん的に、私はどっちだと思う?」


「じゃあ……コーヒー牛乳……?」


「んふふ、大正解! やっぱ葵くん、私のことよくわかってくれてるねぇ!」


 コーヒー牛乳を受け取った花音はすごく嬉しそうで。

そんなこの子の笑顔が見られて嬉しくて。

 緊張は最高潮に達する。


「どしたの? なんか元気ない?」


「いや、その……は、話があって……」


 俺の様子から真剣味が伝わったのだろうか、花音は雰囲気は穏やかながらも、真面目な表情を浮かべてくれる。


「うん、葵くんの話聞くよ。で、なに?」


 優しい青い瞳の眼差しが、俺につづきの言葉を促してくる。


 そんな花音の様子は、ドキッとしてしまうほど綺麗で、一瞬怯んでしまった。


 でも、ここで臆するわけには行かない!


「花守 花音さんっ!」


「は、はいっ!」


「これからも、俺とこうやって遊んだり、キャンプしたりしてくれませんか!?」


 ちょっと声が大きかったのか、周りにいたカップルや家族連れが視線を寄せてくる。

無茶苦茶恥ずかしい……


「あ、あは! 良いのかなぁ、私で……」


 と花音は苦笑い。でもなんとなくよろこんでくれてるような……?


「今回もだけどさ、私ってなんかやらかしてまた迷惑かけっちゃうと思うよ。そんな私でも……葵くんは良いのかなぁ……?」


「だ、だから、昨日も言ったでしょ! キャンプにトラブルはつきものだし、それさえも楽しまないとって! むしろトラブルがないキャンプほど味気ないものはないから! だから!」


「……わかったよ。君の気持ち、よぉく伝わったよ」


 花音は優しげな笑みに戻り、身体をこちらの方へ向けてくる。相変わらずの立派な胸が今目の前に。


「香月 葵さん……こんな私ですけど、これからも呆れず付き合ってくれたら嬉しいです。末長くよろしくね!」


 頬を赤ながらそう言った花音は、コーヒー牛乳の瓶を掲げる。


「こ、こちらこそ、よろしく!」


 花音のコーヒー牛乳に、自分のフルーツ牛乳を軽く当て、お互いに一気に飲み干して行く。


 これからも、何かしらのトラブルはあるだろう。

でもその度に、2人で考えて、乗り越えて楽しんで行きたい。


 俺は強くそう思うのだった。


●●●


――花守 花音が香月 葵との森のキャンプを終えたある日の放課後のことだった。


 花音はとある男子生徒に呼び出され、1人その場所へ向かってゆく。

すると、そこで花音をまっていた、サッカー部の彼はいきなり――


「花守さん、好きです! 付き合ってください!」


 ぶっちゃけ、またか……と思う花音だった。

 というより、こんな場面を彼には見られたくはないと思えてならない。

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