第21話 なんだか花音の様子がおかしいぞ?


「じゃあ行くぞ」


「うんっ、行って……!」


 初めての二人乗りなので、慎重にアクセルを捻ってバイクを発進させた。

 普段、荷物を乗せて運転しているので、そこまで違和感はないと思っていた。

 だけど、やっぱりいろいろと気になってしまうのは、後ろに乗っている花音の存在だ。


 胸もがっつり背中に当たっているし、腰にはギュッと腕が回されている。

 こんなにも女の子に強く抱きしめられたことなんてない俺は、これまで感じたことのない緊張の真っ只中にあった。


 正直、この状況が早く終わってほしいと思う反面、もう少し続けていたいような……そんな気持ちを抱きつつ、運転を続けていると、薄闇の中にキャンプ場の看板と、灯りの灯る管理棟が見えてきた。


「ほ、ほら着いたよ!」


 バイクを駐輪場に止め、後ろの花音へ声をかける。


「あ、うん……ありがと」


 花音はすごく緩慢な動作で、俺の腰から腕を解き、バイクから降りた。

 疲れが来たのか、安心したためか、なんとなく花音が呆然としているように見える。


「大丈夫? 疲れたか?」


「え? ああ、うん、だ、大丈夫っ!」


「本当?」


「だ、大丈夫だよ、本当に! あはは! ほ、ほら! 受付早くしよ! 管理人さん待ってくれてるよ!」


「っ!?」


 花音はさりげなく、俺の手を取ると、未だに明かりをつけてくれている管理棟まで引っ張ってゆく。


 そうして受付を済ませ、荷物を受け取った俺と花音は、だいぶ遅くなってしまったが今日のキャンプを開始する。


「ちゃっちゃとご飯作っちゃうからね! 今回は時間無くなっちゃっから、シングルバーナーで作っちゃうね!」


 すっかりいつもの感じに戻った花音は、このキャンプのために購入しただろう、自分専用のシングルバーナーとスキレットを取り出す。

しかしすっかり夜も遅くなったことだし……


「手伝うよ」


「良いよ、大丈夫! 私やるよ! 葵くんはゆっくりしてて!」


「でも……」


「今日もいっぱい迷惑かけちゃったんだから……させてほしいの、お願い」


 妙に真剣な様子でそう言ってくるものだから、俺が気圧されて黙り込んでしまった。

そんな俺を見て、花音はにこっと笑顔を浮かべて、調理を開始する。


 どう表現したら良いかはわからないけど、いつもの花音とは少し様子が違うような。

調理する彼女の背中を見つつ、そんなことを感じる。


 やがてすっかり夜の帳が降りたテントサイトへ、海鮮が焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。


「はい、完成! パエリアだよ!」


 今回花音が作ってくれたのは、エビやイカがたくさん入ったスペイン風の炊き込み飯パエリア。

存在は知っていたけど、食べるのは初めてだ。


 俺は匂いからでもうまそうなパエリアを、花音によそってもらい、いざ実食。


「どぉ? 実は初めて作ってみたんだけど……」


 花音は不安げにそういうが、食感に香り、味共に抜群で、俺がはっきり「美味しい!」と告げると、彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 俺はお腹が空いていたということもあり、ガツガツとパエリアを掻き込んで行く。


 そんな中、なぜか花音は俺の方ばかりを見て、自分は食事に一才手をつけていないことに気がつく。


「た、食べないの?」


「あとで、いただくよ。だから、もうちょっと、葵くんが美味しそうにたべてるところみさせて」


「な、なんだよそれ……」


「だって嬉しいんだもん。美味しそうに食べてくれる、君の姿がとっても……ほら、おかわり!」


「あ、ああ……」


「お食事中のところすみません」


 と、そんな中サイトへ現れたのは、夜の巡回中のキャンプ場の管理人さんだった。


「あ、どうも!」


 ちょっといつもと雰囲気の違う花音との空気感に戸惑っていた俺にとって、管理人さんの登場はありがたいものだった。


「よかったら管理棟のお風呂を利用してはいかがかと思いまして」


 そういや、このキャンプ場は入浴施設があるのだが、今の時間は閉まってしまっているんだよな。


「私も帰らなければいけないので、22時までという条件付きにはなってしまいますが、よろしければご自由にご利用くださいね」


 そうつげて、管理人さんは夜の巡回へ戻ってゆく。


 今は、そろそろ20時になりそうな頃合いだ。


 だったら、


「花音、お風呂どうぞ」


「ううん、私はまだ良い。葵くんが先に行って。私、料理の片付けとかあるし」


「いや、それくらいは俺が……」


「良いから! 早くっ! 今日は葵くん、優先! 私が先だと長くちゃうから!」


 結構語気強めで言われてしまった。


 確かに花音のお風呂は長めだし、今日は色々とあったので、俺自身もお風呂に入れれば入りたいと思っていたとこではある。


 今回だけは素直に花音の言葉に従って管理棟のお風呂へ向かってゆくことにした。


 管理棟のお風呂は家庭用のものよりも少し広めのもので、1人で使うには結構贅沢な感じがした。


 既にお湯は張られていたので、体をキレイに洗ったのち、湯船へ体を沈める。


「今日は結構大変だったなぁ……」


 長い道のりに、樹との遭遇、小火騒ぎに、そして花音のお迎え。


 本当に色々とあった、刺激的な1日だったと思う。


 ゆっくりと浸かりたいのは山々だが、さっさと上がらないと花音の入浴時間がなくなってしまう。

そう思い、一旦湯船からあがろうとしたその時ーー


 浴室と脱衣所を隔てる曇りガラスに、ぼんやりと人影が浮かび上がる。


 管理人さんかな?


「は、入っても大丈夫?」


「へ……?」


 一瞬、我が耳を疑った。


「か、花音……!? なんで!?」


 曇りガラスに薄らと写る金髪と肌色へ思わず叫んでしまった俺。


「よ、よく考えたら時間ないなぁって思って! だから一緒に入っちゃえばと!」


「一緒にって、さすがにそれまずいでしょ!?」


「大丈夫! ちゃんと水着着てるから! 明日、どうせ水着見せるんだから、今一緒にお風呂に入ったって……!」


 そういや明日はキャンプ場近くにある有名な川で遊ぼうと、お互い水着は持参していたけど……


「管理人さんに見られたらまずいでしょ!?」


「管理人さん、21時までは見回りしてるっぽいからその点は! それにえっと……わ、私たち、ここにいる時は夫婦、じゃん? だから万が一見られても……」


 いや、いくら夫婦でも、自分の家じゃないわけだし……


「やっぱ、だめかな……」


 寂しげな花音の声が聞こえてくる。


 もうこうなってしまっては……


「ど、どうぞ……」


 もはやそう回答せざるを得ない状況だった。


 入浴のマナー違反は重々承知な上で、俺は湯船の中で腰にハンドタオルを巻き付けた。


 その間に、曇りガラスの扉が開いて、


「無理言ってごめんね……そ、それじゃ失礼しまぁす……」

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