第20話 葵、花音のためにスーパーカブをかっ飛ばす!


「んあ……」


 俺はテントの中で目覚めた。周りはちょっとした暗闇に包まれている。


 サイトの構築が終わって、花音が来るまで少し昼寝をと思っていたら、夕方近くまで眠ってしまっていたらしい。


 さすがに花音も来ていることだろうし、俺に遠慮して起こさなかったのかな?


「あれ……居ない……?」


 しかしテントの外には花音の姿はなかった。

隣に張った花音用のテントも、そのままでがらんとしている。


 その時、テントの中においていた、スマホが振動する。



花音『もうちょっとだから、待ってて。ごめんね』



 こうしてRINEが入ってきたということは、事故にあったとか、そういう最悪の事態ではない思い、まずは安心する。


 どうやら花音は俺が惰眠を貪っている間に、いろいろと状況報告をくれていたらしい。寝ている場合じゃなかった。悔やんでも悔やみきれない。


 でも反省するのは後回し。

 まず、花音から送られてきたメッセージの数々を遡り、状況確認に努める。



ーーどうやら花音は電車の中で寝過ごしてしまい、隣県の終着駅まで行ってしまったらしい。


 田舎の電車は都会に比べて本数が少なく、乗り過ごしたり、間違ったりするとフォローが非常に難しい。


 なんとか花音は、本来降りるべき駅に戻ったのだが、それは今から約1時間前のこと。


 その時間ではこのキャンプ場に向かうための市民バスの最終便は終わってしまっている。



花音『歩いてくから、チェックインに遅れるかも。管理人さんへはそう言っておいて』


花音『いつもいつも迷惑ばっかりかけてごめんなさい……』



 メッセージを区切らず送ってくるあたり、花音はかなり焦っているのだろう。


 目的の駅からこのキャンプ場までの所要時間は、バスでは30分少々だが、徒歩では2時間以上かかる。


 さらにその道は一車線の国道で、県境ということもあり、大型トラックの往来も多く、徒歩ではとても危険な場所だ。


 今からでも花音のことを迎えに行かねば。


そう思い、まずは音声通話を試みるも、


「くそっ、出ないか……」


 重い荷物を背負って長時間歩いているのためだろうか、電話に気がついていないらしい。


 ますます花音のことが心配でならなくなった俺は、迷わず管理棟へ飛び込んでゆく。


「おや、香月さんどうかされましたか?」


「すみませんが、バイク用のヘルメットを一つ貸していただけませんか? 妻がバスを乗り過ごして、今徒歩で向かっているようでして」


「そういうことでしたら!」


 管理人さんは快く、ヘルメットを貸してくれた。

この時ほど、この管理人さんがバイク好きな方で助かった思った。


 と、その時、ポケットの中でスマホが震えだす。

相手は花音。


「もしもし! 今、どこだ!?」


『あうっ……ごめんね、いつもいつも……』


 かなり疲れているのだろう、花音の声が、いつもよりもかなり弱々しく感じられた。


「俺の方こそ、ごめん気づけなくて。今から迎えに行くから」


『え!? いいよ、悪いよ……』


「悪くなんてない! 花音が事故に遭うほうが俺、嫌だから!」


『……ありがと、葵くん。こんな私を、心配してくれて本当に……』


「そんなことないって。だからあまり気に病まないで!」


『うんっ……!』


 俺の励ましが効いたのか、花音の声音が少し元気になったように感じた。

ぶっちゃけさっきの言葉を言った後で、めっちゃくちゃ恥ずかしかったけど、花音を元気づけられたのなら、それでよし!


「今、どの辺? なにか目印になりそうなものは見える?」


『え、えっとぉ……今、目の前に道の駅の看板がみえる……』


 おそらく国道沿いにある大型の道の駅のことだろう。

 バイクであれば、ここからだとものの10分程度で到着できる。


「じゃあ、とりあえず道の駅まで行って。そこで待ってて! すぐに行くから!」


『ごめんね……』


「それまで車にだけは気をつけてね!」


 花音との通話を終え、駐輪場へ。

そして念の為に自分の免許証を確認する。


 免許取得が去年の5月だったから、ギリギリ一年が経過している。

俺の免許は小型二輪のもの。

 だから、バイクの後ろに誰かを乗せても、法的に全く問題がない。


 エンジンを始動させると、ヘッドライトの灯りが、存在感を示す。

 ここは山間なので、日没が早い。きっと、花音は疲れとか、申し訳なさとかで、とても心細い思いをしているに違いない。


 だから早く迎えにいってあげねば。


「行くぞ、相棒!」


 スロットルを捻ると、エンジンが爆音を上げて、車体をキャンプ場の駐車場から押し出す。


 できる限りのスピードを出して、しかし慎重に運転をし、花音の待つ道の駅へと向かってゆく。

 そしてあっという間に、道の駅の駐車場に到着し、そこに設置されたベンチへ、俯き加減で座る、花音を見つける。


「お待たせ!」


「あっ……葵くん……ひくっ……」


「お、おい!?」


 花音が突然泣き出すものだから、慌ててしまう俺だった。


 こういう場合は、ごちゃごちゃと話しかけるよりも。とりあえず本人の好きなようにさせるのが一番なんだろうか……?


「いつも、いつも、やらかしてごめんね……本当にごめんね……なんか、私、葵くんの楽しみを邪魔してばっかりだなぁって、思ったり……私と一緒じゃない方が、良いのかなぁとか、思ったり……ひっく……」


 泣きじゃくる花音の様は見ていられなかった。だからなのか、身体が自然に動いたというかーー


「だから、いつも言ってる通り気にしてないから」


「ーー!?」


 花音の隣に座った俺は、自分の肩へ彼女の頭を引き寄せる。

そして、絹のように柔らかい金髪へ指を滑らせながら、なるべく優しい声を意識して語りかける。


「キャンプにトラブルはつきものだし、それさえも楽しまないと、って俺は思ってるわけで……」


「でも、さすがに私ってやらかしすぎじゃないかなぁ……」


 多少落ち着いたのか、いつもの花音に戻りつつあるようで、ほっと胸を撫で下ろす。

やっぱり花音に暗い表情は似合わない。明るいのが花音のいいところなのだから。


「じゃあそろそろ行こうか? さすがに荷物と一緒には無理だから、まずは花音を送ろうって思うんだけどそれでいい?」


「うんっ、任せる。ただその……」


「ん?」


「疲れちゃったから、もうちょっとこのままで良い?」


 花音はまだ離れたくないのか、まるで猫が甘えるように俺の肩へおでこを擦り付けてくる。


「あ、ああ、まぁ……」


「相変わらず、葵くんの匂いは落ち着くなぁ……」


 花音は一向に離れる気配を見せず、クンクンと俺の匂いを嗅いで満足そうだった。


「あとさ、さっき励ましてくれてありがと。すっごく嬉しかったし……ほんと、葵くんってカッコいいって思っちゃった……」


 正直、そろそろ離れないと、俺の心臓が破裂しそうなんですけど。

まぁ、勢いで花音を抱き寄せた俺が言えたことではないのだが……


 その時、べンチにいる俺と花音が車のヘッドライトに照らされた。


 目の前に軽トラックが止まり、運転席からキャンプ場の管理人さんが降りてくる。


「やはりこちらでしたか、香月さん」


「あ、どうも。どうしたんですか?」


「いえ、奥様とのお話の内容が聞こえましたもので。今日は香月さんには大変お世話になりましたので、せめてお荷物でも運ばせてはもらえないかと」


「ありがとうございます。じゃあ、お願いします」


 管理人さんは花音の荷物を荷台へ乗せる。


「ではあちらでお待ちしております。短い道程ではありますが、運転には十分気をつけて、しっかり奥様を送ってあげてくださいね」


 管理人さんはにこやかな笑顔と共に、軽トラックで走り去ってゆく。


 なんとなく、管理人さんには気を使われたような気がしてならない……。


「じゃあ、本当にそろそろ」


「だね! よろしくね!」


 すっかり元気を取り戻した花音はちょっと名残惜しそうな態度を示しつつも、俺から離れた。

そんな花音へ俺は管理人さんから借りたヘルメットを渡す。

そして俺はカブの運転席に、花音は荷台に座り込む。


「実はバイクの後ろに乗るの、憧れだったんだぁ!」


「荷台だから少しお尻が痛いとおもうけど我慢し……んふぅっ!?」


 突然背中に感じたものすごく柔らかさと腹の辺りをぎゅっと締め付けられる感覚。


「そ、そんなにがっつりくっ付かなくても……!」


「さっきさらっと抱き寄せてきた人がなにを言いますか! それにこの方が安全でしょ? にひひ!」


 む、胸がぁ……! 花音の爆乳が、俺の背中にがっつり当たってるぅ……!!


 むしろそのせいで事故を起こしそうだぁ……!

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