第17話 実は貰ってばかりなのはこちらの方


「花音のピザ、美味しかったなぁ……」


 そう思わず呟いてしまうほど、頂いたピザは生地の柔らかさ、ソースの旨さもあり絶品だった。


 花音は可愛くて、胸も大きくて、時々突飛なことはするけど性格が良くて、さらに料理が上手い。

 あの子の気持ちを射止めることができた男子には、さぞ幸せな生活が待っていることだろう。


 まぁ、きっとそんな相手は、SNSに顔を晒しても全く気にしない、きっかけさえあれば容易にバズる超絶イケメンなんだろうけど。


「さて、こんなもんかな」


 レンガを積んで作った手作りかまどの中では、墨がすっかり灰となっていた。

それを広げたアルミホイルへ移し、しっかりと閉じる。

 握ってもほのかな熱を感じるだけで、延焼する心配はなさそうだ。


 と、その時、頭上からパシャパシャと言った音が聞こえてきたような……


 上を見上げると、パジャマ姿で窓から身を乗り出だして、なぜかスマホをこちらへ向けた花音と目が合う。




花音『火の始末おっけー!』


花音『遅い時間までありがとね』



 そんなメッセージと共に、灰の始末をしている俺の画像がメッセージアプリへ流れてくる。



A.KOUDUKI『監視?』


花音『そ!』


花音『火事になっちゃ困るから』


花音『お母さんとお父さんへの報告用だから!!』


A.KOUDUKI『完璧に終わったから、もう寝る』


花音『そっち、行っていい?』



 なぜか舞い込んできた、そんなメッセージ。特に断る理由もないし、大体ここは花音の家だから、無碍にするわけにも行かず『どうぞ』と返す。するとややあって、パジャマの上からいつものマウンテンパーカーを羽織った花音が、折りたたみ椅子を持って降りてきた。


「なんで椅子を?」


「さすがに地べたには座りたくないもん」


「そうじゃなくて……がっつり喋るつもり?」


「だって、こんな機会、キャンプ以外じゃ滅多にないんだもん! 葵くん、学校じゃ全然相手してくれないし!」


 花音はそう言って、さらっと俺の真横に椅子を寄せ、そこへ座ろうとしてくる。


 俺はそっと立ち上がり、椅子をずらして花音との距離を置く。


「どうして逃げるのー!?」


「いやだって、今の俺、臭いし……」


 なにせ午後からさっきまで、焚き火の前でずっとバームクーヘンを焼いていたから、煙臭いし、汗臭い。

そんな匂いを花音に嗅がせるわけにはゆかないと思い距離を置いた次第なのだがーー


「ちょ!?」


 こちらの予想以上に距離を詰めてきた花音は、形の整った鼻をスンスン揺らし、俺の首のあたりの匂いを嗅いでくる。


「そーそーこんな感じ! これこそ葵くんって感じの匂い! 私好きだよ!」


「はぁ……ま、まったく……」


 他人に、しかも女の子に匂いなんて嗅がれたことのない俺は、正直どういう反応をしたら良いか困っていた。


 そしてそれがわかっているであろう花音は、ケラケラと笑っている。


 どうやら揶揄われているらしい。だったらーー


「か、花音からはシャンプーのいい匂い……?」


「ちょちょ!?」


 仕返しに花音の匂いを嗅いで思ったことをそのまま口にすると、彼女は無茶苦茶慌てて身をそらす。


「も、もお! いきなり匂い嗅いでくるなぁ! 恥ずかしでしょ!?」


「さ、先にやってきたのは花音の方じゃん!」


「それはそれ! えいえい!」


「うはっ!」


 照れ隠しなのか、なんなのか、花音は指で俺の脇腹を小突いてくるのだった。


 相変わらず、この攻撃をしてくる時の花音は、容赦なく良いところ的確に突いてきて、俺に情けない喘ぎをあげさせる。


「そんなに匂いが気になるんじゃお風呂入れば?」


 ひとしきり人差し指攻撃をし、満足した花音はそう言ってきた。


「いいよ別に。体を洗ったって、服に煙の匂いが染み付いてるから、意味ないし」


「ワイルドだねぇ! なんかそういう潔さも良いかも!」


「そ、そう……?」


「少なくとも、私は葵くんのそういうところも好きだよ! って、わけでもっと近く、近く! そんなんじゃ話しづらいでしょ?」


 花音が俺の匂いを気にしないというのなら、遠慮なく話せる距離にまで椅子を戻す。


 というか、花音の身体的な距離の近さと、よく使う"好き"って言葉に、我ながら慣れてきた感はある。


「改めてさ、今日も色々と助けてくれてありがとね」


 花音は先ほどのふざけた態度から一転、真剣な様子を見せた。


「おかげでお客さんには満足してもらえたし」


「なら、よかった」


「……」


「花音?」


「なんか私、葵くんにもらってばっかで、全然なにも返せてないなぁって。正直、これからどう返していいか困ってるんだぁ」


 花音は苦笑いをこちらへ向けてくる。


「別に良いって。というか、俺が勝手に首突っ込んでるだけだし……」


「葵くんがそう思ってたって、事実、私は葵くんにたくさん助けてもらってるんだから……」


 花音が肩と肩の距離を少し詰めてきたような気がした。


 より身近に感じた花音のまとう甘いシャンプーの香りが、自然と胸を高鳴らせる。


「だからね……私、君のためだったらなんでもするよ……?」


 頬に朱が差した花音は、青い瞳へしっかりと俺の姿を写し込んで、そう告げてきた。


「な、なんでも……?」


 反射的にそう聞き返した俺へ、花音はコクンと頷いてみせる。


「そ、なんでも。だから、遠慮なく君の願いを聞かせて?」


 なぜか俺は、そう言ってくる花音の艶やかな唇に目線が行ってしまう。


 ほんと、この子はどこ見ても綺麗で、やはり一般人とはどこかかけ離れたところがある。


 そんな子が、俺なんかに"なんでも願って欲しい"と言ってくれている。


 なら、俺はこの子に何を願うべきか。どうして貰うのが嬉しいのか。


 美しい星空の下、綺麗でかわいい花音にずっと見つめられならが、俺は必死で考え、考えに考え抜いて、そしてーー


「じゃ、じゃあ、言うよ、俺の願い……!」


「う、うんっ!」


「キャンプしない?」


「へ?」


 さっきまで思い詰めていたような花音の表情が、少々間抜けな言葉と共に和らぐ。

しかしそれに次いで花音から出たのは、ケラケラといった具合の笑い声。


「なんかやっぱり葵くんらしいやー! ちょっと緊張して損しちゃったぁー!」


「緊張してたの?」


「だって、葵くんさっきから私の唇ばっかみてんだもん!」


「っ!?」


「もしかしたら、えっと……私の初めてのチュー、奪われちゃうかもって……」


「す、するわけないじゃん、いきなりそんなこと!」


「意外とワイルドな葵くんなら、あるかもなんて?」


「この場合のワイルドさと、俺のワイルドさはジャンル違いなような……」


「はい! この話はここでおしまいですっ!」


 自分から振っておきながら、花音は自分から話題を切り替える合図を出す。

 俺も俺とて、この話は小っ恥ずかしいので、終わってくれてありがたかった。


「で、本当に私とキャンプするのがお礼で良いの? むしろ私にとってもご褒美なんですけど?」


「そうなの?」


「うんっ! 私、葵くんとするキャンプ好きだから! キャンプの時だったら葵くん、なんにも気にせずいっぱい喋ってくれるし!」


「申し訳ない……」


「良いんだよ、わかってるから……じゃあ今回はどこでキャンプしようか?」


ーー花音と出会って、こうして友達となって、俺の中にある氷が少しずつ溶け出している自覚がある。


 自分の好きなことで、一番仲のいい友達と、次の予定を話し合える。


 失うまでは当たり前だと、ずっと消えないと思っていたそれ。永遠に続くと思い込んでいた日常。


 それを失って俺は初めて、大切さに気づく。そしてもう2度と、そんな日々は手に入らないと思っていた。


 だけど花音は俺へもう一度、そんな楽しい日々を与えてくれている。


 花音は"貰ってばかり"というけど、貰っているのはこちらの方もだ。


 もしもこの関係がずっと続くなら、俺は一生花音に頭が上がらないと思う。


 だからこそ、これからも花音という一番仲のいい友達と、その子がもってくれている優しい気持ちを大事にして行きたい。


そう強く願う。


――次のキャンプの予定を約束した俺と花音は、費用を捻出するために、ゴールデンウィークはバイトに勤しむと決めた。


 まぁ、人気者の花音はその間に友達と遊んだり、部活の練習へでかけたりなど、していたみたいだが。


 その分、俺は働き過ぎなくらい実家の仕事を手伝い、当面資金難に陥ることはないほどの、お金を稼ぐことができていた。


 そして迎えたゴールデンウィーク明けの登校日――


「ねぇねぇ! 花守さんのお店で、ゴールデンウィークだけに出してた"焚き火バームクーヘン"食べた!?」

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