第16話 どうして花音は俺の顔ばかり撮るんだ!?


「う、うちのお店ね! 公式RINEアカウント持ってるの! せっかくだから、葵くんの焼いてくれてるバームクーヘンを宣伝したいなぁって……」


「いや、それは……顔映されるのは……」


「だ、大丈夫っ! 映らないように撮ってるし、ちゃんと加工するから!」


「だけど、うーん……」


「だったら、載せても良いの葵くんが選んで!」


 と、花音はスマホをよこしてくるので、とりあえず中身を覗かせてもらうと……


「お、おい、なんで俺の顔がばっちり写ってるもんばかり……?」


「え? ひゃああぁ! こ、これはその、たまたま! たまたまだよぉ! ちゃんとほらぁ!」


 確かにそうじゃないのもある。だけど、やっぱりほとんど、俺の顔がばっちり写ってしまっている。

俺の顔なんて公衆の面前に晒したって、なんの得もないだろうに。

こういうのは"ただし、イケメンに限る!"が世の理。


「あ、あと、真剣な表情で作業してる葵くん、すっごく素敵でかっこいいから、あとで送ってあげようとか……!」


「い、いいよ、俺はそういうの……消してくれよ」


「ダメだよ、思い出大事っ! こういうのって後々見返すと、良いもんなんだよ?」


 でたぁ、陽キャ特有の"思い出大事説"


 花音と仲良くなる前の俺だったら、そうちょっと小馬鹿にしていたと思う。


 だけど……


「な、なら、その思い出は花音のスマホにしまっておいて。俺は自分のスマホに自分の顔をわざわざ保存しておく趣味はないから……」


「それって消さなくて良いってことだよね……?」


「あ、うん、まぁ……」


「わかったよ。じゃあ、これからは私のスマホに葵くんの思い出を保存するようにするね!」


 たぶん、こんなおかしなことを口走ったのは、できればこのまま花音とはいい関係でい続けたい、壊れないで欲しいとの願いからだろう。


 アイツの「いつき』の時みたく……花音が、スマホの中の俺を消さない限り、どんなに距離が離れても、俺は今、一番仲のいい友達の中に存在し続けている……俺ってボッチな癖に、意外と寂しがり屋なんだなぁ……


「じゃあ、改めて宣材写真撮らせていただきますっ!」


「顔は写らんようよろしく」


「花音ちゃーん! なにやってるのー!? 看板まだでしょー!?」


 と、店の中から、ちょっと怒ってるっぽいエマさんの声が響いてくる。


 すると花音は、パシャパシャと急いで写真を撮って。


「お、おい!」


「大丈夫! 顔写ってないから! それじゃ、こっちよろしくね!」


 花音はパタパタと店の中へと戻っていった。


 さて、バイト代がいただけるんだから、ここからはより真剣にバームクーヘンを焼かないとな!



●●●



「香月さん、すみません! またよろしくお願いします!」


「は、はいぃ……!」


 Cafe  KANONはすでに田舎特有の深くて穏やかな闇夜に包まれていた。

そんな中、俺はただいま通算10個目の、炭焼きバームクーヘンを製造中である。


 さすがに暑いし、生地を回す手も疲れた。


 だけど予定の倍以上は焼いているわけで、きっと報酬も2倍になるだろうし……と、ただひたすら、無心になってバームクーヘンを焼き続ける。周りが暗くなったら、用意されたLEDランタンをつけて、焼きの作業を継続する。


「あっ、もう生地がない……」


 ボウルが空になっていたので、追加をエマさんに頼もうと立ち上がる。


「お疲れ様ー! 葵くーん! 終わりだよー!」


 と、店の裏口から出てきたのは、晴々とした表情の花音。

その手にはシェラカップーーキャンプでよく使われるステンレスや真鍮などで作られた広口カップーーと、汗を浮かべる水差しが握られている。


「お、終わり……そっか……終わったぁぁぁーー!」


 ようやく炭火の熱から解放された俺は、その場へどかっと尻餅をつく。

すると花音は、そんな俺へシェラカップを差し出してくる。


「特製レモネードだよ! まずはこれで喉の渇きを癒して!」


 かなり喉が渇いていた俺は、もらったレモネードを一気に流し込む。爽やかな酸味とちょうどいい甘味。鼻を抜ける爽快なレモンのフレーバーと冷たさが、炭火の熱で茹だった頭を、シャキッとさせる。


「おお! いい飲みっぷり! もひとついかが?」


「い、いただきます……」


「どうぞ、どうぞぉ〜ふふ!」


 レモネードも美味しいけど、花音がこうして笑いかけてくれるのが、1番の元気の素だと思ったり思わなかったり。


「香月さん、お疲れ様でした。本日は誠にありがとうございます」


 次いで現れたのは花音のお父さんの冬芽さん。


「今、家内が食事を用意してますので、どうぞ召し上がっていってください」


「た、助かります、もうお腹ぺこぺこで……」


「あと、宜しければなのですが、本日は泊まって行きませんか? もう時間も遅いことですし、お疲れのことでしょうし」


 泊まる? 俺が? ここに? でも、ここって……!?


「そうだよ、泊まってきなよ! この辺、夜は真っ暗になっちゃうし! もし帰りに葵くんが事故でも起こしちゃったら、やだよ……」


 花音は心底心配している様子で、そう言ってくる。


 確かにありがたい提案ではある。しかし、今の俺は焚き火くさく、着替えもない。

さすがにこのまま泊まるのはどうかと。でも夜道が危ないのは確かだし……と、考えていた時のこと、アイディアが浮かぶ。


「ありがとうございます、では遠慮なくそうさせて頂きます。ただ、その……テントを1張りお借りできないでしょうか?」


「まさかこちらにテントを張るおつもりで?」


「ええ。さすがに色々ご用意いただくのは悪いと思いまして。火の始末もありますし……それにここ、いいロケーションなんで野営をしてみたいなぁって」


 澄んだ空に浮かぶ星々。周囲は森に囲まれていて、とても穏やかな雰囲気。こんな最高な場所で野営をしてみたいという気持ちもあり、今の提案をしたまでだった。

 あと、同じ屋根の下に花音がいるってだけで、ちょっとこう、色々と意識をしてしまうというか……まぁ、一緒にテントで寝たことはあるのだけれど、それはそれこれはこれというわけで……


 だけどやっぱり冬芽さんは少し難しい顔をしている。

多分、俺の突飛な提案に困惑しているようだ。


「ねぇ、お父さん、葵くんってね、すっごくキャンプ好きなの! だから聞いてあげてくれないかなぁ?」


 花音、ナイスアシスト! さすがは今一番仲のいい俺の友達だ! よくわかっててくれて嬉しいぞ!


「本当によろしいのですか?」


 対して冬芽さんは半信半疑といった感じであったが、


「ご本人がそうしたいとおっしゃるなら、それでいいじゃないないですかお父さん?」


 最後の押しの一言はエマさんからだった。花守家最高司令官の決定は絶対らしく、冬芽さんは渋々と言った様子だが納得してくれたらしい。


「残り物ですみませんが、夕飯にしましょう。花音ちゃん、焼いて差し上げて」


「はぁーい! 今日の生地はね、私が作ったんだよ!」


 エマさんから受け取り、花音が見せてきたのは、彩り鮮やかな焼く前のピザだった。


 まだ火は残っているしちょうどいい!

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