第15話 葵、花音の父母に頼りにされる
A.KOUDUKI『Cafe KANON様にて緊急お客様対応発生』
A.KOUDUKI『帰り遅れる』
青嗣 『了解しました。しっかり、お客様対応をお願いします。できればビール一本でも良いので、追加注文を頂いてきてください。以上』
っと、父さんへの連絡はこれで完了。
相変わらず父さんは商魂がたくましい。だから、うちみたいな小さな店でも生き残って来れたのだけれど
これで多少帰りは遅くなっても問題なし。
「それで! それで! どうするの!?」
スマホから顔を上げた途端、もうワクワクが止まりません、的な花音に出くわす。
この期待の視線にはちゃんと応えないとと思う。
「花音は火付グッズ、薪とノコギリ、あとキリもよろしく!」
「ラジャー!」
「お母さんはいつでもバームクーヘンが焼けるよう準備をお願いします」
「わ、わかりました!」
隠して花音とエマさんは、それぞれの持ち場へ散ってゆく。
俺はお客様対応中だった花音のダンディーなお父さんへ会釈をして、店のキッチンから裏口へと出た。
店の裏手はとても広く、多少風が吹いても飛び火はしないだろう。
「さてと、始めますか!」
まずは配達の際、店の裏手に積み上がっていたレンガブロックを確認していたので、それをいくつか手に取った。まずはそれをコの字方へ、積み上げて形を作ってゆく。
「おまたせぇ!」
ちょうどレンガブロックを積み上げたタイミングで、必要なものをキャリーカートに乗せた花音がやってきた。
「じゃあ、花音はバトニングを!」
「ラジャー!」
花音は前回のキャンプで俺がプレゼントした防刃グローブをはめて、薪のバトニングの準備を開始する。
キャミソールの件もそうだが、花音は贈ったものをこうして使い続けてくれていて、正直嬉しい。
「ふっふっふ、成長した私の実力見せてやる! 叩き割ってやるぜぃ!」
なんのキャラだよ、という花音へのツッコミは置いておいて……
花音はこの間、俺が教えた要領でバトニングを開始する。
本人が変なキャラでうそぶくほど、上手くなっているし、俺の教えた通りにやってくれている。
なら俺は次のステップへ移ることにし、ノコギリを手に近くの竹林へ入ってゆく。
そして幹が太すぎず、かといって細すぎない竹を何本か伐採した。
切った竹を一メートルほどの長さへ切り揃え、節で破裂しないようキリで穴を開けておく。
最後に全体をアルミホイルで包めば、生地を焼くための棒が完成!
こちらの下準備は、火を起こすのみ。
すでに俺がレンガを組んで作り上げた"竈門"の脇には、花音が割った薪や、細かい枝などが用意してくれていた。
「先生、今回はこれでお願いします! なんて!」
花音は『メタルマッチ』ーーマグネシウムなどの金属を材料にした繰り返し使える発火器具ーーと『フェザースティック』ーー木の棒や割り箸をナイフで薄く削り重ねて羽毛のようにした発火点ーーを渡し、陽気にそう一言。
「葵くんだったらライターも着火剤もいらないよね?」
「みてろよ!」
「うふ、そう来なくっちゃ!」
花音の期待の視線を浴びながら、俺はメタルマッチを擦って赤い火花を起こした。
その火花は彼岸花みたく加工されたフェザースティックを燃やし始める。
そして火のついたフェザーステックから、細かい枝へ火を順次移してゆく。
「すごぉい! やっぱりさすが葵くんっ! やってくれるって信じてたよぉ!」
相変わらず花音の無垢な応援の言葉は嬉しいし、やる気が出る!
「お、お待たせしました!」
店の裏口から、ボウルを持ったエマさんが出てきた。
どうやらあの中身がバームクーヘンの生地らしい。
ーーしかしここに来て、大きな誤算が生じた。
火はすでに薪に燃え移って大きくなってはいる。だが圧倒的に温度が足りないと感じたのだ。
焚き火でバームクーヘンを焼く……これの失敗要因の第一位が"焚き火の温度が低すぎる"ことだと聞いたことがあった。
燃料が炭だったならば、薪よりも高い温度を確保することができる。でも薪から炭を作るとなると、かなりの時間を要する。
「お母さん見てて! 葵くんって、すごいんだから! 絶対になんとかしちゃうよ!」
すっかり俺のことを信頼しきっている花音は、無垢な言葉と視線を向けてくる。
だから、この誤算を口にすることはできず……参ったな……やっぱ動画の見よう見まねじゃダメだったか……いや、今からホームセンターへ飛んで行って、出来合いの炭を買ってくれば……!
「よろしければ、こちらをお使いください」
突然、ダンディーな男の人の声が降ってきたので、驚き振り返る。
そこに"木炭"と書かれた段ボールを持った花音のお父さんの姿が。
「いつも娘と店がお世話になっております。父で店主の【花守
「あ、あ! ど、どうも! 香月 葵です。急にこんなことしててすみません……」
「いえ、滅相もございません。こちらこそありがとうござます。こちら、先日のバーベキューの余りの炭なのですが、使えそうですか?」
「ありがたいです! 遠慮なく使わせていただきます!」
冬芽さんーー花音のお父さんーーから木炭を受け取り、竈門の中へ。
火力は十分だったので、あっという間に炭に火が付き、良い具合の温度となった。
先ほど用意したアルミホイルで包んだ竹に、バームクーヘンの生地を塗り、焼きの作業へ移ってゆく。
でも、焼きってどれぐらいがいいんだ? ちょっと焼き色っぽいのが付いてきたから、そろそろ生地を塗り重ねるべきか?
「まだです、香月さんっ! あと回す手を止めないでください! 焦げますっ!」
そう鋭くしてきたのは、エマさんだった。
花音も、冬芽さんもすごく驚いた顔をしている。
「わ、わかりました……?」
「それで良いです。上手です。そのまま、そのまま……」
すっかり職人の顔になっているエマさんに気押される形で、熱々の炭の上で生地を塗った棒をクルクル回し続ける。
「今です! 生地を塗ってください!」
「はいぃ!」
急いで炭火から生地を上げ、新たな生地を塗り重ね、再び炭火の上へ。
「花音ちゃん、今のうちにテーブルとナイフを!」
「ラジャー! お父さんはアイシングシュガーをお願いね!」
「心得た!」
花音と冬芽さんは、まるで訓練された兵隊みたく、店の中へと駆け込んでゆく。
なんだか花守家の正式な指揮系統を把握したような気がした。
俺はエマさんの監視? 監修? の下、生地の焼き重ねを続けてゆく。
本来16層くらいまで焼くのに2時間ほどかかるのだが、エマさんは8層程度で終了を宣言してくる。
そういやここのバームクーヘンって、女性でも食べやすいよう小さく焼いているってレヴューされてたな
そのため、あっという間に甘く香ばしい香りを放つ、生地の塊が焼き上がった。
花音は焼き上がった塊を、棒に刺さったまま用意したテーブルへ持って行く。
すると待ち構えていたように、塊へ冬芽さんが溶かした砂糖の液体を慣れた手つきで塗り込んだ。
暫くそのまま塗った砂糖を硬化させるのと同時に、粗熱をとる。
エマさんは棒から塊を引き抜き、スッとナイフを走らせる。
そして現れたのは綺麗なバームクヘーンの断面図!
無茶苦茶うまそう! だけど職人のエマさんは真剣な表情で、焼き上がったばかりのバームクーヘンを一口。
「うん、美味しい! 花音ちゃん、どう?」
ようやくエマさんの頬が緩んだ瞬間だった。
「うん! 私もすっごく美味しく感じるよ! お父さんは?」
「うむ、これなら行ける!」
どうやら花守家の皆様から合格点をいただけたようだ。
俺はほっと胸を撫で下ろす。そんな俺へ花守家最高司令官であるエマさんが開口一番に「ありがとうございました」とお礼を述べてくれた。
「あの、お仕事への差し障りがなかったらでよろしいのですが、あと5個ほど焼いてはいただけないかと……きちんと報酬はお支払いいたたしますので……こちらはこちらで、夜の営業の準備がありまして……」
「い、良いっすよ……?」
このあと特にやることもないし、なんとなくバームクーヘン焼きが楽しいと思った俺はそう返す。
「ありがとうございます! このご恩は決して忘れません! それじゃあ……花音ちゃん!」
「看板の書き換えだよね、了解! 今日のおすすめは"本日限定! 焚き火バームクーヘン"にするね! 代わりにお父さん、お店のお掃除お願いできる?」
「心得た」
「では、香月さん、こちらはよろしくお願いいたします。すぐに追加の生地を持ってまいりますので!」
そうして花守家の人々は店の中へ入って行く。
なんか、すごく責任重大なことをやっているような……でも、まぁ、お金欲しいし……しかも、花音の助けになるのなら……!
俺は決意を新たに、炭火の火力を調整し、再び焼き作業に戻る。
ふと、傍からなぜかパシャパシャとスマホのシャッター音がしたような?
「な、なにやってんだよ花音!」
「あ、あは! やっぱ撮っちゃだめ……?」
そういってスマホを下げた花音は、苦笑いを浮かべつつ、なぜか頬を赤らめている。
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