第14話 Cafe KANON 緊急事態発生!?
「あのね! この間請求書の片付けを手伝ってる時ね! 香月酒店てのいっーっぱい見つけたの! だからね、いつか来るかなぁってね!」
「わ、わかったから落ち着いて! まずは納品物の確認をね?」
「あ、あは! あはは、そだよね、ごめん……」
ハイテンションから一点、花音は真面目な顔つきとなり、伝票と商品の突き合わせを始める。
そんな真剣な横顔は少し大人びていて、普段とは違った魅力があることに気がつく。
というか、ポニテにしている影響で、うなじがみえる! そこが眩しすぎる……!
「はい、確かに! 配達お疲れさまでした!」
「ま、毎度どうも!」
一通り、手続きを済ませると、妙な間が訪れた。
ここを最後の配達先にしたのは、もしもここが花音の家なら、お昼ついでに少し寄っていこうと考えていたからだ。
だけどここは本当に花音の家と判明してから、妙に緊張してしまうというか、気後れしてしまうというか。
「じゃ、じゃあ、これで……」
もしも俺にもっと積極性があったのなら、ここで"ちょっと店寄ってくね!"なんて言えたんだろうが……
「あ、葵くんっ!」
と、背を向けた俺へ、花音が言葉をぶつけてくる。
「な、なに?」
「あのね、えっと……もしかして、ちょっと時間、あったりする?」
「え? ああ、まぁ……ここが最後の配達先だったから……」
「じゃあ、時間あるってことだよね!?」
花音はばいんと胸を揺らしつつ、ググッと迫って、俺の顔を真剣に見つめだす。
「あ、はい……!」
「じゃあ上がってって! 今日ね、お昼ご飯私が作るの! それにそれまでお父さんのコーヒーと、お母さんのバームクーヘン食べてって! もちろん私がご馳走するよ! こんなんじゃ全然たりないけど、まずはこの間のキャンプのお礼……」
「花音ちゃーん! なにしてるのー? 早くきてー!」
店の向こうから、透き通るような女の人の声が聞こえてきた。
たぶん、花音のお母さん、だと思われる。
「今いくー! じゃあ、そういうことで! お店の正面から入ってきてね! 席は用意しておくから!」
花音は一方的にそう捲し立て、パタンと裏口の扉を閉じる。
俺は言われた通り、店の正面へ周り、これまたおしゃれな木戸を開くと、
「いらっしゃいませ! お席へご案内しますねー!」
まるで待ち構えていたかのように、エプロン姿の花音がにこやかな笑顔で迎えてくれる。
なんかこの店、カップルとか品の良さそうな人ばっかだぞ!?
俺には場違いな店なんじゃ……とはいえ、ここで帰るわけにも行かず、店の隅っこだが実はすごく眺めが良さそうな席へ通された。
「すぐコーヒーとバームクーヘン持ってくるからね。逃げちゃダメだぞ?」
どうやら俺の心内は、花音に見透かされていたらしい。
ここは大人しく待つのが得策か。
それにしても本当におしゃれで清潔感のあるお店だ。冬になったら、たぶん店の炭にある暖炉で火を炊くのだろう。
なんか、外に薪の保管庫っぽいのもあったし、都会からの観光客とか、女性客とか、カップルとかにウケが良さそうだ。
カウンターでは黒の蝶ネクタイと黒のベストをびしっと決めたイケオジさんが、お客の相手にしたり、コーヒーを淹れたりしている。
たぶん、あの人が花音のお父さんだ。目元がなんとなくにているので間違いない。
で、さっきからキッチンとホールをいった来たりしている花音によく似た金髪碧眼で、これまた立派な胸をお持ちな綺麗な人が、お母さんなのだろう。
花音よりも、若干? 外国人味が強い気がする。名物がバームクーヘンだっていうから、ドイツ系? そりゃ偏見か?
「お待たせしました! バームクーヘンセットです!」
そして花音はそんなご両親の間で明るく愛想を振りまいて、お客さんの注目を集めていた。特に男性客は、花音にデレデレっていうか、花音のどこを見ているっていうか……ほんと男ってこれだから……まぁ、俺も男だから気持ちはわかるんだけど……。
でも当の花音はというと、
「〜♩」
あれ? 花音、今、俺の方を見て笑った……?
なんかさっきからやけにホールを飛び回る花音と視線が合うような……?
たまたまか……? 俺の勘違いか……?
俺はそんなことを考えつつ、さっき花音が運んできてくれた無茶苦茶おしゃれな盛り付けのバームクーヘンと、ものすごく香り高いコーヒーを飲みつつ、時が経つのを待っていた。
やがてだんだんとお客さんが減ってゆき、お昼のラストオーダーを花音が取っていた時のこと。
カウンターで花音のお父さんとお母さんが神妙な面持ちで、話をしている姿が目に止まる。
明らかに何かトラブルが起こった様子がみてとれた。
ご両親は花音を呼びつけ、言葉をかけている。すると花音は残念そうに肩を落とした。
そしてお母さんと一緒に、俺の席にやってくる。
「いつも娘とお店がお世話になってます。花音の母の、【花守 エマ】と申します」
花音のお母さんーーエマさんは、丁寧な言葉と共に頭を下げてくる。
「あ、えっと、いつもご利用ありがとうございます……」
「すみません、この子が無理を言って、お忙しい中お待ちいただきまして……その件につきまして、本日は中止とさせてください」
「なんかバームクーヘン用のオーブンが壊れちゃったみたいで……急いでなんとかしなきゃならないから、お昼作れなくなっちゃんだぁ……」
花音はものすごく残念そうに、そう事情を説明してくれる。
さっき、待っている間にSNSで、このお店のことを調べてみたところ、真っ先に評価されていたのが"バームクーヘン"だった。
むしろそれを目的で、わざわざ遠くから足を運んでいるお客さんも多いとか。
しかも今は、飲食店には稼ぎどきなゴールデンウィーク。
目玉商品が出せないとなると、大きな損失になってしまうのは明らかだ。
理不尽なクレームをもらって嫌な思いをしてしまう可能性さえある。
このお店は、うちのお店の取引先だし、さらに多分、今、一番仲の良い花音の家でもあるわけで。
バームクーヘン、ね……
「そのオーブンってすぐに直る予定なんですか?」
気がつけば、俺はこの場から立ち去ろうとしていた、花音とエマさん親子の背中へ、そう問いかけていた。
「いえ、連休中ですので、主人が問い合わせ中でして……」
「もしかして葵くん、オーブンも直せるの!? バイク乗ってるから機械いじりが得意!?」
恐縮するエマさんとは対照的に、花音はキャンプの時のような期待のこもったキラキラ視線を向けてくる。
「あ、いや、さすがにそれはない……」
「でも、なんかあるんでしょ!? 葵くんならなんとかできるんだよね!?」
「まぁね」
俺は席から立ち上がる。
そして俺たちの間ですっかり困惑しているエマさんを見据えた。
「あの、良かったらこの件協力させてください。俺に考えがあります!」
「なになに考えって! 知りたい、知りたい!」
「少々お待ちを!」
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