第13話 またまた大きく変化した俺の日常


「よし、今日こそは花守さんと一緒にお昼を……!」


「花守さんもうどっか行っちまったみたいだぞ?」


「ええ!? またぁ!?」


「なんかもの凄い早さで、滅茶苦茶嬉しそうに教室から飛び出してたなぁ……種田さんも巻かれたみたいだし」


「親友の種田さんも!? ま、まさか花守さん、彼氏でもできたんじゃ……!?」


 教室で花守さん狙いの袴田くんがガックリ項垂れている。

お前はわりとモテるんだから、わざわざ花音じゃなくても良いだろうがよ。贅沢者め。

 俺は袴田くんにだけは、絶対バレないようにしようと、こっそり教室を抜け出し、誰も近寄ることはない喫煙所跡地に向かった。そうしてほんのちょこっと待っていると――


「おまたせぇー! ごめんね、遅くなっちゃって!」


「だ、大丈夫」


「いやぁ、今日はタネちゃん巻くのに苦労してさぁー!」


ーーボッチな俺の学校生活にまた大きな変化が一つ。

なんと、週に何回かではあるが、お昼がボッチ飯ではなくなったのだ。

しかもその相手とはーー


「葵くん、菓子パン比率が高い気がするんだけど、もしかして甘い物好き?」


「わりと好きかな。新作が目に入るとつい買っちゃう」


「そっかぁ、だからちょっとお腹の辺りぷにぷになんだ!」


「な、なんで、そのことを!?」


「そりゃまぁ、ニ晩も一緒に寝たからだよ! えいえい!」


「ちょ、やめっ!」


 花音はいたずらっ子のような顔をして、俺の脇腹をツンツンつついてくる。


 1年前……もとい、1ヶ月前まで、みんなのアイドル花守さんを"花音"と呼び、そしてこの喫煙所跡地で、二人きりでお昼を食べる生活なんて考えられただろうか、いや考えられない! と、反語を使ってしまうほど、今でも俺はこの状況に若干の混乱を覚えている次第。


「そ、そういう花音はどうなんだよ。よく、みんなでお菓子食べてるし、俺以上にお腹ぷにぷになんじゃ?」


「ふふーんだ、私は葵くんと違って日々バトミントンで鍛えてますから! 意外と私ムキムキなんだぞ〜?」


 女の子に対してのぷにぷに発言は言った後で、どうかと思ったけど、花音は気にせず減らず口を返してくる。


 あんまり女の子慣れしていない俺にとって、こういう寛大な対応は正直ありがたい。


 でもいくら花音が優しくて、良い子だからといって、これからはこういう発言は気をつけないと、と思う。


「ムキムキって、まさか……」


「なら確認してみる?」


 突然、花音はにんまり笑顔を浮かべて、ジャケットの裾をあげる。

さらに下に着ている真っ白なシャツの裾をスカートから引っ張り出して……


「な、なにやってーーん……?」


 お目見えしたのは花音の素肌ではなく、地味な色をした肌着の一部。

なんか、これ見たことあるような……?


「ざ、ざーんねん! 下にキャミ着てました! 葵くん、なに期待してたの!? エッチだぞぉ!? 本当に見せるわけないじゃん!」


「あ、ああ、ごめん……」


 たぶん、今花音が身につけているのは、この間のキャンプの夜、俺がコンビニへ駆け込んで購入したキャミソールだ。


「こ、このキャミね! なんかすごく着心地が良くて気に入っちゃったんだ! あは! あははは!」


 顔を真っ赤に染めた花音はそう笑い飛ばしつつ、ささっと身なりを整えた。

そして視線を俺からお弁当箱へ移して、中身をぱくぱく食べ始める。


 実際、あのキャミソールの購入は緊急対応だったし、そんなに良いものではない。

花音のように華やかで、素敵な子には、似つかわしくないと思う。


 だけど本人が気に入っているというのなら……買った本人としては嬉しいものである。


 と、そんな中、花音からブッブっといった、バイブレーションの音が聞こえてきた。


 花音は慌ててスマホを取り出して、すぐさまパタンとお弁当箱を閉じる。


「ごっめん! 今日、ここまで! 部活の先輩に呼ばれちゃった!」


「あ、ああ、そう……」


「またね! あと、呼びだしあったの女の先輩だからぁ〜! 今度の大会の話だろうからぁ!」


 なぜか花音はそう細かく説明しつつ、足早に喫煙所後から走り去ってゆく。


 いや大体、花音が所属しているのは女子バトミントン部だから、部活からの呼び出しならば女の先輩だろうに、と思う。


ーー俺と花音はすごく仲良くなった。それはまごう事ない事実だけど、そうなったからといって、俺の学校での立場とか振る舞い方が大きく変わったわけではない。


 相変わらず俺は花音が側にいないときは陰キャでボッチ。

対して花音は陽キャで、みんなの人気者で、いつも誰かと一緒にいたり、部活に、遊びにと毎日が忙しそうだ。


 そんな花音ではあるけど、教室で目が合えばこっそりアイコンタクトを返してきてくれるし、部活を覗けば、周りに細心の注意を払いつつ、こちらへ笑いかけてくれる。だけど、それ以上の接触や、この喫煙所跡地以外での声かけはまったくない。


 たぶんこれは優しい花音なりの、俺への気遣いなんだと思う。


 中2の頃の林間学校での出来事がきっかけで人が少し怖くなった、できるだけ目立ちたくはないと思う、俺のことを気遣って……


「またキャンプ、誘ってみるかな……」


 もう一つの俺の大きな変化として、花音と過ごす時間が楽しく、できればもっと話していたという気持ちが湧くようになったことだ。

 とはいえ、花音はみんなに人気者で、毎日がとても忙しい様子だし、第一俺みたいのがいきなり話しかければ、目立つのは当然のこと。


 みなに気取られることなく、花音とゆっくり話すには、やはりキャンプに誘うのが一番だ。


 だけどキャンプをするのもタダではない。今月は2回連続でやったし、だいぶ出費もかさんだので、ゴールデンウィーク明けまではやることは難しい。

 だいたいゴールデンウィークなんて、キャンプ場は激混みだし、休日料金だから高くて手が出せない。


 花音も部活で大きな大会が迫っているみたいだし、教室で盗み聞いた話では、花音がゴールデンウィーク中、バイトで忙しいようだし……


「俺も、今のうちに次のキャンプに備えて稼いでおくかなぁ……」


●●●


 俺の家は"香月酒店"という店を経営している。


 経営といっても父さんと母さんが2人で切り盛りしている小さなものだ。


 とはいえ、父さん曰く、酒の扱い量はこのあたり随一だし、こだわりの調味料やジュース、カクテルに彩りを添える瓶詰めのオリーブなど、幅広く扱っているらしい。よく知らんけど。


 このあたりは山間にある幾つかの湖を中心に観光地や避暑地として栄えている。

そのため、観光客向けの宿泊施設や飲食店が多数あり、香月酒店は店頭での小売をおこないつつ、そうした飲食店への業務卸を行っているのだ。

 俺は、暇な時とか、稼ぎたい時、店の配達の仕事を手伝っている。


 そしてただいま、酒屋も飲食店も観光施設もかき入れどきなゴールデンウィーク。


「ほい、積み込み完了。スマホに配達先は送ってあるから。お届け品の一覧も」


「はいよ」


 そうはいっても一応、スーパーカブに取り付けたリアボックスの中身とお届け品のリストを突き合わせる。


 うん、酒は入っていないな。


 さすがに実家の手伝いとはいえ、高校生が酒類を持ち運ぶのはいけないらしい。

実際、去年も配達中に巡回中の警察に職質されて、中身が酒だったために、大目玉を食らったことがあるからだ。


「そいじゃ行ってくる」


 アクセルを吹かせて、いざ発進。一件目の配達先へ急ぐ。


 本来、業務卸は生ビール樽だったり、たくさんの商品を一気に運ぶことで利益を得ている。

だけど、父さんの方針で我が香月酒店はお得意さんに限り、オリーブオイル一本からでも配達するようにしている。

 そうした場面に俺が駆り出されるのだ。実際、慣れた仕事だし、バイト代も結構いいので、他でわざわざバイトをするよりも、遥に稼ぐことができる。


 さて、もう一度、今日の配達先リストの確認を……


 俺は国道沿いへ一旦バイクを止め、再び本日の配達先一覧を開く。


 リストにはずらりと、よく配達へ行くホテルや飲食店の名前、その中に……


【Cafe KANON】


 偶然の一致か、はたまた。

 字面を見ただけで、花音のことを思い出してしまうような、飲食店名が載っている。


 そういや、花音のご両親はカフェを経営しているっていうし、もしかして……


 配達先の順番は、相手の都合さえ満たせば好きにしていいと言われている。


 というわけで、この【Cafe KANON】は最後の配達先にするとしよう。


 俺は終始、胸の内をトクトク鳴らしつつ、仕事を済ませてゆく。

そうしていよいよ、最後の配達である【Cafe KANON】へ辿り着く。


 森の奥にある、煉瓦造りの綺麗なカフェで、お菓子とコーヒーのいい匂いが漂っていた。

あんまりカフェとかには興味がない俺でも、このお店はおしゃれでいいお店だと感じる。

広い駐車場には車やバイクがいっぱい止まっていて、とても盛況な様子だ。


 たしかこのお店は正面からじゃなくて、裏から入ってくれって書いてあったな……


 俺は配達品であるオイル類と、なんだか見たことにあるワイン風のジュースを片手に裏手へ。


 すると呼び出し鈴さえ、アンティーク風の金属のベルだった。


 なんかこのおしゃれ感ますます……


「す、すみませーん! 香月酒店でーす! 配達にきましたー!」


 おしゃれなベルを鳴らして、そう叫ぶ。


 普通は扉の奥から何かしらの応答が返ってくるのだが、なぜかドカドカといった、妙に激しい足音が聞こえてきて……


「やっぱり、葵くんだぁ! 休みの日にも会えて嬉しいなぁー!」


 扉の向こうから現れたのは、ブロンドの髪を後ろで束ね、青い瞳を輝かせ、瞳と同じ色をしたエプロンをつけている花音だった。


エプロンをつけていても、相変わらず胸の主張が激しすぎる……

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