第11話 花守さんの変化
「べ、別に良いよ、なにもしなくても……」
ギリギリ冷静を装って、そう返す。
「やだよ、そんなの……無理だよ。ここまでしてもらって、何もしないだなんてできないよ……」
花守さんの不安げな声が、背中に響く。
これ以上、何もしなくても良いというのは、さすがに酷というべきか。
だったら……
「わかった。じゃあ、お願いする」
「う、うん! 何? なんでも言って!」
「……せ、背中向けてくんないかな?」
「え? うん、わかった……?」
花守さんはくるりと反転し、背中をピッタリつけてくる。
「それでオッケー」
「これだけ?」
「だって、さっきから花守さんの息が首にかかって、くすぐったかったから」
「そうだったんだ。ごめんね……で、他には?」
やっぱりこれぐらいじゃダメだったか……参ったな。なら……
「じゃあ、花守さんのお好きなようにって言ったら、どうする?」
「なにそれ、意地悪過ぎるよ、もぉ……」
若干の期待はありつつ、それでも花守さんはそういう人ではあって欲しくないとの思いが混在し、今の妙な質問に至ったわけだが、果たして……
「……ひ、膝枕、とか……?」
「なんでまた膝枕?」
「よく私に隠れてお母さんが、お父さんにしてて、なんか気持ちよさそうだったから……香月くん、さえ良かったら、頭なでなでも、つ、追加するけど……?」
たぶん、俺の意地悪な質問に、一生懸命答えてくれたようだ。
花守さんは見た目こそ派手で、友達も多く、もしかしたらそういう人なんじゃ……なんて考えていた自分が恥ずかしい。
でも、この質問のおかげで、逆にこの子の人間性が理解できて、良かったと思う。
「じゃあ、それはいいや」
「や、やっぱ、恥ずかしいよね……」
「それもあるけど、そうしたら花守さん寝られないでしょ? だからそういうのは良い」
「うぅ〜……じゃあ、私どうしたら……」
「……朝ごはん、美味しいのよろしく。無茶苦茶美味しい、朝からテンションあがっちゃうくらいの」
これ以上虐めては可哀想だと思い、本当の願いを口にする。
「……本当に、そんなんで良いの?」
「むしろハードルを上げたつもりだが? だから明日の朝の俺は評価厳しいと思う」
「……わかった。じゃあ頑張る! 一生懸命作る!」
ようやく花守さんの声に、いつもの元気さが戻って、安堵する俺だった。
だんだんとこの体勢とか、状況にも慣れてきたのか、睡魔が忍び寄ってきた。
「じゃあ、お休み」
「うん、お休み……」
花守さんの穏やかな体温を背中に受けつつ、俺は意識を微睡の中へ溶かして行く。
しかしこんな状況なものだから、花守さんとのちょっとイケナイ夢を見てしまったのはいうまでもない。
●●●
「俺、寝言で変なこと言ってなかったよな……?」
起きるとすでに、テントの中に花守さんの姿は無かった。
まぁ、逆に昨晩見てしまったイケナイ夢の如く、隣に彼女の顔があったらそれはそれで困るのだが……
どうやら花守さんはテントの外で朝ごはんの準備をしているらしい。
ならば気持ちを切り替え、いざテントの外へ!
「あ! おはよー! よく眠れた?」
早速、朝陽の下、それにも負けない笑顔で花守さんは迎えてくれる。
「あ、ああ、おはよ。まぁ……」
どうやら、寝言は言ってなかったらしい? もしも聞かれてたら、さすがの花守さんでも、こんな態度は取れないと思う。
「コーヒー淹れるね」
花守さんはなぜかヤカンと茶漉しを手に取った。
「もしかして、そのコーヒーって?」
「ふっふーん、さすが! フィールドコーヒーってやつだよ」
フィールドコーヒーとは、挽いたコーヒー豆をヤカンで煮出したもの。別名煮出しコーヒーとも言われる。
コーヒーが生まれたばかりの頃は、こうやって飲んでいることが多く、また山師や猟師がこの飲み方をしていたらしい。
本来、この飲み方だとコーヒーの粉が入ってしまうのだが、花守さんは丁寧に茶漉しでそれを除いて、カップに注いでくれる。
ではカップを受け取り早速一口ーー
「おお! うまっ!」
普段飲むコーヒーよりも口当たりが豊で深いコクが感じられ、眠気とか変な気分とかがあっという間に吹き飛ぶ。
「でしょ〜? お店でもやってて、結構人気なんだ! ちなみにお塩をひとつまみ入れるのがコツ!」
「へぇ、塩を!」
「じゃあ、ご飯の支度するから、ゆっくりコーヒー飲んでてね」
次に花守さんが手に取ったのは、アルミホイルの入った牛乳パック。
それを焚き火台の五徳の上へ並べ、ターボライターで火をつけた。
牛乳パックが赤々とした炎をあげ、中からゆっくりとアルミホイルに包まれた何かが姿を露わにする。
「この料理って……?」
「あ、もしかして知らない!? うふふ! これ、カートンドッグってやつだよ!」
アルミホイルを開けば、ふわっと湯気があがり、ソーセージとチーズを挟んだ熱々のコッペパンが現れた。
「カートンドッグって、アルミホイルに包んだパンを空の牛乳パックに入れて、火をつける調理法のことだよ。ただパックに火をつけるだけだから、焚き火を起こさなくても、あったかいパンが食べられるんだ!」
さすがはお料理大好きな花守さんだ。
これなら俺も、次回ソロの時、ぜひ真似をしたいと思った。
しかも、このパン、結構香ばしいニンニクの香りもする。
「バターの代わりにね、昨夜作ったアヒージョの残り油を塗ってみたの! いうなれば、ガーリックトースト風カートンドック! さぁ、どうぞ召し上がれ!」
「いただきます!」
早速実食!
外はカリッと、中はもっちりとした最高の食感だった。
チーズもとろっと溶けていて、ソーセージにもうまい具合に火が通っていて、肉汁が溢れ出た。
それらを引き締める、ガーリックオイルの香りがまたにくい!
「ど、どぉかなぁ……?」
「美味しゅうございます、この上ないほどに……!」
「やった! ありがと! そう言ってもらえるのが一番嬉しいんだよ!」
朝から俺のジャージを着て、大きな胸を揺らしつつ、笑顔を浮かべてくれる花守さん。
だけどすぐさま、明るい笑顔は、ほんの少し苦々しいものへ変わる。
「でもね、これってこのキャンプをするって、決めた時から準備していたもので、その……昨夜の約束はまだ守れてないんだよね……」
「いや、あれはその別に……」
「だから、このお礼は絶対に、近いうちに必ず! 私、そのぉ……えっと……一生懸命頑張るから! あ、葵くんのためにっ!」
「んぐぅっ!?」
「あ、だ、大丈夫!?」
意図せず、パンを喉へ詰まらせてしまった俺を、心配してくれる花守さん。
にしても、今、花守さん、俺のことを"葵くん"って呼んだよな!?
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