第10話 俺は花守さんとニ夜目を迎えてしまう!?
「ごめん、俺が設営後のテントをちゃんと確認してたらこんなことには……」
どうやらグランドシートの張り方が悪く、雨水の侵入を許してしまったようだ。
おかげで衣服に、荷物、着替えまでもがビショビショになってしまったらしい。
「謝らないで……自分のテントのことを、ちゃんと確認しなかった、私がいけな……くしゅんっ!」
春とはいえ、夜はまだ冷える。
特にこのキャンプ場は水辺にあるため、夜の冷え込みは厳しい。
濡れたままでいるのは良くない。
「とりあえず、これに着替えて。ちょっと大きいかもしれないけど」
自分の荷物の中から予備として持ってきていた、中学時代のジャージとタオルを渡す。
「ごめんね。いつも、ありがとね……!」
「き、着替えは俺のテントでいいから……」
「うんっ! ありがと。ちょっとお借りするね」
落ち込んでいる中、それでも精一杯の笑顔を浮かべてくれた花守さんは、ジャージとタオルを手に、俺のテントの中へ入ってゆく。
しかし、着替えたからといって、びしょ濡れのテントで花守さんを寝かせるわけには行かない。
まさか、今回のキャンプでも、花守さんと一緒のテントで寝る羽目になるとは……
「ーーっ!?」
何気なく振り返り、その光景に息を呑む。
俺のテントにはうっすらと、花守さんの影が映り込んでいたのだ。
シャツを脱ぐと大きな胸のシルエットがくっきり浮かぶ。
更にズボンを脱ぐと、綺麗な腰のくびれがお目見え。
そして花守さんの細くて長い腕が背中へ回り、ブラジャーのホックを……これ以上は見ちゃいかん!
慌てて、テントに背を向けて、ただひたすら花守さんの着替えが終わるのを待つ。
っていうか、下着まで手をかけていたってことは……!?
「も、もう良いよ。ありがと!」
中学時代の緑のジャージに着替えた花守さんが、テントの中から顔を覗かせる。
多分下着まで濡らしてしまったのだろう。となると、このジャージの下は……
「サ、サイズはどう? 大きい?」
「腰回りは結構緩いね。胸もちょっと苦しいけど、貸してもらってるんだから贅沢は言えないよね、あはは……」
男子のジャージでも胸の辺りがきつく感じるだなんて、どんだけでかいんだよ、全く……。
つーか、ちらちらおへそのあたりが見えてるし、ずれ落ちないようにとウェストのあたりを摘んだままだし。
しかも見慣れたこのジャージの下には、直の花守さんの素肌が……ああ、もう俺のばかっ! こんな時に何考えてんの!
「へっくしっ!」
「寒い?」
「やっぱ一枚だけだと、ちょっとね」
一泊で、しかも春先ということで、俺は下着類の替えを持ち合わせていなかった。
どうせ風呂も入らないし、といった論理である。
しかし替えがあったからといって花守さんへ俺のシャツを着せ、パンツを履かせるだなんて、酷いにも程がある。
「お茶でも淹れるね。シングルバーナー借りるね」
一生懸命、ズボンが落っこちないように手で支えながら、そう言ってくる花守さん。
が、ジャージのズボンがわずかりにズレて、ほんの少しお尻の割れ目が見えてしまい……だめだ、これ以上は!
さすがにこの状況はマズイ。でも、舎営はもうしまっていて、近くの温泉施設もしまっていて、売店であるかどうかもわからない女性用の下着を探すことも叶わない。
いや待てよ、女性用下着、購入……それだ!
「俺ちょっと、出てくる! その間はテントの中にいて、必ずファスナーにカラビナをかけておいて!」
「え!? こ、こんな遅い時間にどこ行くの!?」
驚く花守さんを尻目に俺はヘルメットを被り、キーを差し、セルモーターでエンジンを点火。
愛車のスーパーカブのトコトコといった排気音が、夜のキャンプ場に響き渡る。
21時を過ぎたらこのキャンプ場は基本的に外出禁止だ。だが、今はそんなこと言ってられない!
「ちょっとコンビニへ! すぐ戻るから! 待ってて!」
「香月くん!」
アクセルを回し、カブを発進させた。
夜の山道に気をつけつつ、タイヤを転がし、滑り込んだのはーー山間にぽつんとあるコンビニエンスストア。入店するなり、早速視界に飛び込んできた、目的の売り場へ駆け寄ってゆく。
「あ、あった!」
最近のコンビニはとっても便利だ。だってシャツや靴下、パンツまでもおいてあるのだから。俺も、緊急時は度々、お世話になっている。
大半は男性ものなのだが……その中から、辛うじて婦人用の表記があるショーツを手に取る。
ブラジャーはさすがに置いてはいなかった。
ならシャツで……いや、婦人用と書かれた、キャミソールがあるからこっちの方がいいか?
じゃあ、サイズは……わからん! とりあえず、Lサイズを買っておけばいいだろう! 大は小を兼ねる論理! きっと花守さんの爆乳はこれで収まるはず!
一瞬、店員さんの目に夜中に、女性用下着を購入する男が、どんなふうに映るのか気になった。一応、購入目的は決して変態的行為をするためではなく、家族の緊急事態のため! といった、言葉を用意しておく。
「1500円でぇーす。袋はいりますかぁ?」
だけど店員さんは淡々と会計を済ませてくれた。
びびっていた自分が情けない……。
購入後を、すぐさまコンビニを飛び出し、カブをかっ飛ばす。
キャンプ場の自分のサイトへ戻ると、テントの前には煌々とLEDランタンの輝きが見えた。
「お、お帰り! お茶、いつでも飲めるよう準備しておいたよ!」
バイクを止めて、駆け寄るなり、花守さんが弱々しい笑顔で迎えてくれる。やはりここの冷えが応えているらしい。
「そんな、お茶なんて用意しなくて良かったのに……冷えちゃうだろ?」
「だ、だって、こんな寒い中、バイクで急に飛び出した香月くんの方が冷えちゃってるかなぁって……」
「まったく……はい、これ」
「なに?」
「し、下着……そういえばコンビニで売ってたなぁって思って……お茶はいいから、早く着て!」
「え、あ、うんっ!」
花守さんは下着の入ったコンビニ袋を受け取ると、そそくさとテントの中へ入ってゆく。
しかし、すぐにファスナーを下ろして顔を出し、
「本当にありがと! すっごく嬉しいし、感謝してますっ! このお礼、いつか絶対に、ぜーったいにするからねっ!」
そうやってお礼をいってくれるだけで、十分だと俺は思った。
そして再びテントに浮かび上がる、花守さんの生着替えシルエット……いかん、見ちゃいかん……!
●●●
「そ、それじゃ、電気消すよ」
「う、うん……」
2度目のキャンプでまたしても、同じテントで花守さんと就寝。
まさかまたこんな状況になるだなんて……
「あのさ、本当に良いの? 寝袋借りちゃって……」
「俺は大丈夫だから。花守さんの方が薄着だし……」
いくら新品のキャミソールとショーツを履いていても、ジャージの下はそれだけだ。しかも雨に当たってしまっているため、体は相当冷えているだろう。
きっちりブルゾンを着込んでいる俺とは保温力で雲泥の差がある。
まぁ、それでも寒いのは仕方がないが……そんなことを考えている中、背後からジジっ、とファスナーが下る音がした。
シャワシャワと布と、グランドシートがこすれる音も。
そして不意にふわりと薫ってきた、女の子のいい匂いと背中へわずかに感じる柔らかい感触。
「ちょ!?」
「迷惑かけっぱなしじゃ悪いもん! せめてこうさせて……?」
花守さんは俺の背中にくっつき、開いた寝袋を布団のようにかけてくる。
「あ、あ、いや、だからそういうのは良い……」
「寒そうにしていた人が何言いますか!」
「ひぐぅ!?」
花守さんは逃げようとする俺の腹を細腕で掴んで、グッと身を寄せてきた。
もうその先はテントの端になるため、逃げようがない。
「私と一緒に寝るの、そんなに嫌?」
花守さんは囁くようにやや不安げな声を出す。
「嫌、じゃないけど……」
「良かった……」
それからしばらく、花守さんは黙ったままだった。
ドキドキといった心音が聞こえるのは、俺のものか、はたまた花守さんのものか否か……
「ね、ねぇ、香月くん……」
やがて花守さんは決心をしたかのような雰囲気を醸し出す。
「な、なに?」
「……なにか、私で、香月くんにしてあげられること、ある?」
甘くて、だけどほんの少しだけ不安げなその声に、胸の鼓動が最高潮に達する。
「遠慮なく、なんでも言って。できることなら、頑張るから、私。だって、好きな人にしてもらってばっかりじゃ悪いから……!」
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