第9話 花守さんクッキング! 今夜のキャンプ飯は?


「火の準備はオッケーかなぁ?」


「オッケーだよ、いつでも」


 すでに焚き火台では、薪が良い具合に燃えていた。

炎はあるが、高すぎずといった料理をするにはちょうどあんばいだ。


「では、今夜のお料理はこれを使いたいとおもいまぁーす!」


「おお、スキレット!」


 スキレットとは、厚みのある鉄製のフライパンを指す。

蓄熱性も高く、小型なので、野外料理で使うド定番アイテムだ。


 ちなみに今回のキャンプを実施するに当たり花守さんから"食事類はすべて任せてほしい"との要望をいただいていたので、準備から調理まで俺は完全ノータッチ。


 前回のスパイスたっぷりなカレーは本当に美味しかったから、今回も期待大、である!


「ではまずスキレットへオリーブオイルを注ぎまーす」


 花守さんは熱したスキレットへ、手にしたオリーブオイルを並々注いだ。

そしてその中へ、刻んだニンニク・鷹の爪を入れ、沸々と煮込み始める。


この料理はもしや!?


「アヒージョだね?」


「うん、アヒージョだよ! さてさて香月くん、まずはどの食材から食べたいかね?」


 妙な口調の花守さんは保冷バックの中から、ジップロックで小分けにされている食材を次々と取り出す。


「定番のエビにキノコ、ブロッコリーにネギにジャガイモ! 砂肝もなんかもあるよ! さぁ、選んで!」


「じゃ、じゃあ、砂肝を……」


「おお、砂肝! お目が高い! 私も砂肝でやってみたかったんだ! やっぱ私たちって気が合うねぇ~!」


 意見が被った? ことが嬉しいのか、それとも砂肝が大好きなのか。

花守さんはニコニコ笑顔で、ニンニクの香ばしい香りが立ち昇るスキレットへ、事前に細かく切った砂肝を加えてゆく。


「香月くん、この中で食べられないものってある?」


「いや、なにも」


「オッケー。砂肝だけだと寂しいからジャガイモとマッシュルームも入れちゃうね」


 花守さんが食材を摘んで、スキレットへ入れるたびに、胸が揺れ、時折引き締まって、その谷間がくっきり……ああ、もう俺のばか! 今着目すべきはそこじゃないでしょ!


「どしたの変な顔して?」


 何かを気取ったのか、花守さんは怪訝な表情を向けてくる。


「あ、あ、いや! そ、そう! 味付けどうするのかなって! ほら、食材を油へ入れただけじゃん!?」


「ご安心召され! 食材には事前に塩を振ってあります。塩って油に溶けにくいからね」


「さ、さすが。というか、詳しすぎ……?」


「お料理大好きだから! あとはうちの仕事の影響。うちって、昼間はカフェ、夜はレストランみたいなお店を経営しているの」


「へぇ、お店を!」


 そういや近所に今人気で、とてもおしゃれなカフェができたと聞いていたが、まさか花守さんの実家だったとは。


「お父さんとお母さんの昔からの夢だったみたいでね。で、私が高校に上がるのと同時に、こっちへ引っ越してお店を始めたんだ」


「なるほどね」


「今日の食材も、お店で余ったものをベースに、少し買い足しただけだから、そんなにお金かかってないんだよ!」


 と、なると花守さんも時々店に立つのだろうか?

コミュ力高めで、可愛くて、しかも立派なものをお持ちな彼女なのだ。

 さぞお客の男性陣は、眼福だろう。


 俺も今度行ってみるか……?


 と、そんなことを考えている中、花守さんは砂肝のアヒージョへ、仕上げの刻みパセリを振りかけている。


「焚き火アヒージョ完成! あえて言わせてもらうなら……どうぞ、ご賞味くださいっ!」


 ご賞味ください、という言葉は割とよく聞くけど、この言葉の中には"自信があるからぜひ食べて!"という意味が含まれていると、ここ最近知った俺。


「あー! やっぱちょっと待って!」


 花守さんから静止をくらい、大人しく伸ばした箸をぴたりととめた。

 その間、彼女が保冷バックから取り出したのはーー


「え!? ワイン!?」


「そう見えるけど、シュワシュワするぶどうジュースだよ。私、そんな不良じゃないよぉ〜!」


 でも、ジュースと言われなければ、花守さんの持つそれの見た目は、スパークリングワインとほぼ同一。


「まぁ、お酒には興味あるから、飲める年になったら飲んでみたいんだけどね。そしたら、毎日香月くんの家へ買いに行くからね!」


 うちの酒屋は父さんの代で終わりにするっていっているけど……もし、本当に花守さんとの関係が、お互い大人になるまで続いていたのなら、店を継ぐのも悪くはないかもしれない。

 と、そんなことを考えている中、花守さんはワイングラス風のプラカップへ、ぶどうジュースを注いてくれる。


「そ、それじゃ……」


「2回目のキャンプおめでとうってことで、かんぱーい!」


 プラグラスを打ち鳴らし、ぶどうジュースを一口……う、美味いぞこれ! まるでぶどうの果汁を飲んでいるかのような、そんな雰囲気。


 さて、喉はこれで潤ったので、さっそく砂肝のアヒージョを口へ運んだ。


 サクッとした砂肝の食感。程よい塩加減に、ふわりと香るニンニクの風味。鷹の爪の、ほんの少しのピリッとした刺激が、味わいにアクセントを与えている。


「どぉ? 美味しい?」


 花守さんは前のめりの姿勢となって問いかけてくる。

 そんな体勢なのだから、当然花守さんの胸はグッと寄って……ああ、もう、俺のばか!


「美味いです。この上なく……!」


「わぁ! よかったぁ! ありがと〜!」


 真近で見た花守さんの笑顔は本当に明るくて、とても可愛らしくて。


 目立つ彼女だから、興味はなくても視界によく滑り込んできたのだけれど、ここまでの笑顔を見たのは初めてだった気がする。


「どんどん食材入れても?」


 花守さんの手の中にはすでに、ジップロックに封じられたエビやらイカが。

こちらが「お願い」というと、彼女はニコニコした笑顔を浮かべつつ、スキレットへ食材を適量投入してゆく。


「実はこれ、全部朝下処理したから大変だったんだ。でも、好きな人がこうやって喜んでくれたから、頑張って良かったと思ってるよ!」


 花守さんが口にする、俺への"好き"という言葉は、そういうことじゃないというのはわかっている。


「うっわ! 牡蠣、美味しい! ほらほら、香月くんも食べてみなよ!」


 この子に昔、どんなことがあったのかは、よくわからない。

だけど、この"好き"という言葉を、そのまま受け取って、勘違いした行動をとれば花守さんを悲しませることになるだろうということはわかっている。


「ど、どうしたのかなぁ……? 急に、こっちのことばっか見ちゃって……恥ずかしいよ、もぉ……」


 花守さんは頬を赤く染めて、再びスキレットへ視線を落としてしまう。


 少なくとも、彼女は俺が見つめても、嫌な感じはしないというか、むしろ恥ずかしいと思ってくれているらしい。


 こんな美人な子にそう思ってもらえて、正直ありがたいと思う。



●●●



「うわぁ……すっごく降ってきてきなぁ……」


 夕飯を終えた俺と花守さんは一旦、互いのテントに入ってからの、ゲリラ豪雨だった。


 山の天気は変わりやすいのは常だが、ここまでの急な雨は珍しい。


 空模様が少し怪しかったので、表に出していた焚き火台やバスケットチェアをテントの中へしまっておいて大正解だった。


 雨足は強いが、風はそこまでもない。

フライシートをきちんと張って、テントの底部と、おまけに中にもグランドシートを張っているので浸水する心配はない。


そうしてしばらく待っていると、あっという間に雨はあがり、静寂が舞い戻る。


 さて、今夜はもう雨の心配もなさそうだし、出せるものは表に出しておこう。


「……香月、くんっ……」


 と、その時、表から弱々しい花守さんの声がする。


まさかーー!?


「びしょびしょになっちゃったぁ……」


 そこには髪も服もびっしょり濡れて、今にも泣き出しそうな花守さんの姿が!?

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