第7話 花守さんと友達に
「ど、どうも……お待たせしました」
職員用喫煙所の跡地である東屋で待っていると、メッセージ通りに花守さんが現れた。
しかしメッセージの印象とはだいぶ違って、かなりおとなしい印象である。
「隣、良い?」
「ど、どうぞ……」
健康増進法の観点から、この喫煙所が使われなくなって久しいので、少々汚れが目立つ。
俺はよくキャンプをするから汚れているのも慣れているし、そもそもボッチな俺が多少汚い格好をしてたって誰も気にしないだろう。
だけど、今ここに座ろうとしているのは、みんなのアイドル『花守 花音』さん。
と、いうわけでおそらく彼女は座るであろう場所を、パンパンと手で叩いて埃を落とし始める俺だった。
「な、なにしてるの……?」
さすがの花守さんも不審に思ったのだろうか、苦笑い気味な声を降らせてくる。
「ここちょっと埃っぽいから! こんなところに座らせたら、花守さんのスカート汚れちゃうから!」
「そぉ? ここちょっとタバコくさいだけで、そんなに汚くないと思うけど?」
「良いから! もうちょっとだけ……もうちょっとだけ……」
「わかったよ。ふふ……」
一度こういうことをやり出すと妙に気になっちゃう性分なので、できる限り徹底的に埃を払い落とした。
「お、お待たせしました! どうぞお座りくださいっ!」
「うん、ありがと〜」
そう花守さんは朗らかな雰囲気でそういうと、俺の真横へ腰を据えてくる。
座っただけで、花守さん自慢の胸がポインと揺れた。
ほんと、でっかいなぁ……何カップあるんだろ。
そういった少しふざけた思考の俺の隣の花守さんは、なぜか神妙な面持ちだった。
膝の上に置いたお弁当箱にも手をつけるそぶりは見られない。
なんだろ、この妙な空気感……気まずいぃ……!
「や、やっぱさ、香月くんって、優しくて、あったかい、良い人だよね!」
突然、花守さんがそう声を上げた。
ほんのり顔のあたりが赤く見えるのは、もしかして恥ずかしがってる……?
「い、いや、そんなことは……」
そんな評価をあんまり受けたことのない俺は、どう返して良いか分からず、そう口走ってしまった。
「本当にそう思ってるよ。今だってたいして汚くもないベンチから一生懸命埃を払ってくれてたし、キャンプの時だって……だからね……!」
花守さんは膝の上でギュッと拳を握りしめた。
綺麗な金色がかった髪をを靡かせ、瑠璃のように見えるその瞳へ確かに俺の似姿を映し出す。
そしてまたしても横に揺れる、花守さんのベストバスト!
「あの時は片付けもせず、勝手に帰っちゃってごめんなさい! 許して!」
「へ……?」
思わず間抜けな返しをしてしまったのと同時に、内心で、変な期待をした自分を殴り飛ばしております。
「ほんと、あれだけ色々とお世話になったのに、怒らせるようなことばっかしちゃって……だからRINEくれないのかなって……」
「いや、先に帰っちゃったことは別に気にしてないし……」
「ほ、本当!?」
ばいんと胸を揺らしつつ、前のめりで接近してくる花守さん。
思わず俺はわずかに上体を逸らし、花守さんとの激突を回避する。
「ほ、本当に怒ってないから、ちょっと離れてぇ……! この体勢辛い……!」
「え? あ、ああ、ごめん! ごめんねっ! ああもう、私はまたぁ……ううう……」
俺から離れた花守さんは、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて縮こまってしまう。
「良くね、タネちゃんに言われるの……私って、時々人との距離感が精神的にも、物理的にもバグるから気をつけろって……」
タネちゃんとは、花守さんといつも一緒にいる『種田
「そのバグるってなに?」
「私って、誰かを好きって思うとね、どんどんその人のこと知りたくなっちゃって、すぐに馴れ馴れしい態度になっちゃうというか……」
好きーーまさか、それは……!? そういや、キャンプの時も、そんなこと言ってくれたし、もしかして!?
……などと、1人内心慌てふためいている隣で、花守さんは神妙な面持ちだった。
「中学の時もね、この癖のせいで色々と勘違いされて、人間関係がおかしくなって、孤立気味だったんだ……」
突然、花守さんの口から出た"孤立"という言葉に驚きと同時、やはり親近感を覚える。
そしてさっき彼女が口にした"好き"という言葉が持つ本当の意味も、なんとなく理解ができたような気がする。
たぶん、昨日から彼女がずっと口にしている“好き”という言葉は、“人として好き”という意味なんだろう。
"好き"という言葉を、そのままの意味で解釈して慌てていた自分が恥ずかしい。
「それがあったからって、高校からこっちへ来たわけじゃないんだけどね。だからこの癖のせいで、今朝も香月くんに迷惑かけちゃったのかなぁとも思って……」
「……」
これまで花守さんは色々と俺の知らない面を曝け出してくれた。更に頭まで下げてくれたのだ。
だったらこちらも相応の返事は返さねばならないし、きちんと答えるのが礼儀だと思う。
「学校でいきなり話しかけられるのは、ちょっと困るかな……」
「そうなんだ……」
「俺も形は違うけど、中学の林間学校の時、花守さんと同じようなことがあって……」
「ええ!? 香月くんが!? こんなに優しい人がどうして!?」
「昔の俺ってさちょっと調子に乗ってた時期があって……で、みんなよりもキャンプができるもんだから、林間学校であれこれやってたらさ、親友が注意してきて……それがきっかけになって、俺に不満を持ってたみんなが、俺のことを非難し始めて……おかげで親友との関係にも罅が入っちゃって……」
"……じ、自分だけでやろうとしないで!"
不意にあの時の、親友の言葉が思い出され、胸がちくりと痛む。
あいつがどう言う意味で、その言葉を投げかけてきたのかは親友として、今でもちゃんと理解している。
だが、その言葉をそのまま飲み込んだ周囲は、不満を爆発させて……当時、ギクシャクしていた俺と親友の関係にも罅が入って……
だから自分のような人間は、誰かと何もしないほうが良いと思うようになって……
「そっか、そんなことが……だから香月君は優しいんだね。人に傷つけられたからこそ、その痛みがわかって、相手を思いやることができるようになった……」
「そ、そんな立派なもんじゃ……」
「そんなことないよ! だって君、昨日困ってた私を一生懸命助けてくれたじゃん! 私はまだまだなんだけど、香月君はちゃんとできてて、凄いって思うよ! 偉いって思う!」
励まそうとしてくれているのか、花守さんは笑顔を向けてくる。
まるで太陽に向かって咲く、ひまわりのような彼女の笑顔にささくれだらけの心が癒されてゆくように感じる。
「ありがとう、花守さん。花守さんと一緒にいるとなんか元気が湧くね」
「そう言ってくれてありがと! それじゃ……そこのお茶持って!」
俺は言われた通り、傍に置いていたお茶のペットボトルを手に取る。
すると花守さんもまた同じペットボトルを手に取り、
「私たちはお互いに恥ずかしいところを曝け出しあいました! そして理解し合いました! もうこれは立派な友達です! と言うわけで、ここに誓いの乾杯をしたいと思います!」
「お、おう……」
流れのままお互いにペットボトルを打ち合った。
目の前には春を象徴する、綺麗な花を咲かせた桃園から甘い匂いが漂ってくる。
「これぞ、桃園の誓い、だね!」
「三国志だっけ?」
「わぁ! 分かったくれた! やっぱ香月君、さすがだなぁ!」
「そ、それほどでも……」
「香月君と友達になれて、私本当に嬉しいよ! ふふ!」
花守さんはとてもにこやかで、嬉しそうな顔をしてそう言った。
友達、か……花守さんが"女の子"なのは少し気になるけど……でも、彼女のこの屈託のない笑顔が裏切れないと思う。
それに俺はすでに花守さんにとって"好き"な人物なのだ。
俺だって、あの時から3年は経って、成長した自覚はある。
だからきっと、同じ轍は踏まないことだろう。
今度こそ、大切にしてゆきたい、こういう関係を……
「と、言うわけでさ……、今週末も、キャンプしない?」
遠慮しがちにそう言ってくるあたり、やはり花守さんは奥ゆかしいところのある良い人なんだと思う。
「い、良いよ……?」
歯切れの悪い回答をしてしまった俺。
だけど花守さんは、そんな俺の様子などまるで気にせず「やった!」と屈託のない回答をしつつ、大きな胸を揺らす。
友達はいいけど、わりと高頻度で発生する花守さんの胸のアクションに耐えられるのか、いささか不安な俺である……
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