第5話 俺のテントに、花守さんがやって来た!?

「よ、よかったぁ……香月くん、起きてたぁ……!」


 テントのファスナーを開けると、フワッとしたジャージ姿の花守さんが安堵の表情を浮かべている。

にしても、こういうダボダボな格好でも、花守さんの胸はものすごい……! いや、今注目すべきところはそこじゃない!


「どうしたんだ? 本当に……?」


 花守さんは薄暗い中でもはっきりとわかるほど、顔を真っ青に染め、青い瞳にはうっすらと涙を溜めていた。


「とりあえず入って?」


「良いの……?」


「は、花守さんさえよければだけど……」


 いくら心配な雰囲気を醸し出していたとはいえ、やりすぎかと思い、念のために言葉を重ねる。

しかし花守さんは迷わず、クロックスーーつま先のあるサンダルーーを脱いで、テントの中へ入ってくる。


 それでも花守さんは肩を震わせていたので、俺の寝袋を開いて肩にかけてあげた。


「あったかい……ありがと……ごめんね、急に……」


「本当にどうしたの?」


「……外が怖くて……」


「外って、テントの外のこと?」


 そう問いかけると、花守さんは首を縦に振った。


「寝ようとしてたらね、外から足音と話し声が聞こえてきたの……たぶん、昼間にナンパしてきた、隣のサイトの大学生っぽい……」


「ほ、ほんとかよそれ!? 何もされなかったか!? 大丈夫だったか!?」


「うん……特には……だけど、1人でいるの怖くなっちゃって……自意識過剰かもしんないけど……」


「そんなことないって。警戒するに越したことはないわけだし」


「そだね、ありがと……」


 いつも元気で明るい花守さんには、こういう暗い表情は似合わないと思った。


 それにこれは彼女にとって初めてのキャンプ。キャンプは第一印象が楽しかったか、そうではなかったかで今後を左右するという。


 なら俺としては花守さんに楽しい思い出として、今日のキャンプを記憶して欲しいと思う。


「な、ならさ、その……ここで寝る……?」


 言ったあとで、我ながらとんでもないことを提案していると自覚した。

でも、この提案しか思い浮かばなかったのもまた事実。


「え……? それは……」


 戸惑うのは当たり前だよな、やっぱし。いくらクラスメイトとはいえ、まともに話したのは去年の調理実習と、このキャンプで2回目。

もしも俺が同性だったら、二つ返事で受け入れてくれただろうけど……


「本当にここで寝て、良いの? 迷惑じゃない……?」


 返って来たのは、遠慮と僅かな期待のようなものが籠った言葉だった。


 言った手前であれだが、今の俺、相当混乱しております。


「あ、ああもちろん! っと、べ、別に一緒に寝るとか、そういうのはしないから! 俺はその、外で寝るし! んで、番人してるから! そう、そんな感じ!」


「でも、それじゃあ、香月くんが……」


「と、とりあえず、荷物取りに行こう! なんも持って来てないでしょ!?」


 花守さんは相当怖かったのか、スマホのみで俺のサイトへやってきたのだ。

もしここで寝るなら、寝袋とか、他の貴重品も持ってくる必要がある。


「ほら、早く!」


「う、うん……」


 ようやく動き出した花守さんはクロックスを履いてテントの外へ出てくる。


「ありがと、香月くん……今日一日、迷惑ばっかりかけてごめんね」


 ようやく落ち着いて来たのか、花守さんの声に多少の元気が戻ったような気がする。


 そうして俺を先頭に、花守さんが後ろに続く形で、彼女のサイトへ向かってゆく。


 時間は22時すぎ。キャンプ場では就寝時間と定められている。

そうにも関わらず、例の大学生集団は周りに人がほとんどいないことをいいことに、騒ぎ続けている。

相手は酔っ払いだし、ここで注意しても揉め事になるだけなので、明日のチェックアウトの際、管理人にチクってやると心に決める。


「ーーっ!?」


 と、そんな中、不意に後ろからシャツの裾が摘まれ、わずかに伸びた。


「ちょ、ちょっと足元が見え辛くて……シャツ伸ばさないよう気をつけるから、その……」


 後をついて来ている花守さんは、消え入りそうな声でそういった。


「あ、ああ、良いよ、それで……」


 心臓のドキドキを堪えつつ、そう答え、あまり気にしないようにと自分自身へ言い聞かせて先へと進んでゆく。


 にしてもこの状況での沈黙は辛いが、だからと言って隠キャな俺が、気の利いた話題など振ることができず。


 必要なものを回収し、黙ったままテントサイトへ戻ってゆく。


 でもその間、花守さんは、いつも少し近い距離にいて、ずっと俺のシャツの裾を摘み続けているのだった。


「そ、それじゃ、おやすみ……」


 夜の挨拶を交わし、花守さんはテントの中へ。

俺は宣言通りに寝袋に包まって、バスケットチェアに腰を据える。


にしても……やっぱり寒いぃっ! 山奥で、さらに湖畔ということもあり、夜のキャンプ場の空気は冬のように寒かった。

近くに見えるリゾートホテルの明かりが若干羨ましくみえる。


「ぶぇっくしょん!」


 意図せず盛大なくしゃみもしてしまった……まずいぞ、このパターンは……


「大丈夫?」


 やっぱりだ。予想通り、俺のくしゃみを聞きつけた花守さんが、テントの中からすごく申し訳なさそうな顔を覗かせている。


「だ、大丈夫だよ! ほんと! これぐらい慣れてるし!」


「……やっぱり入って! さすがにこれ以上迷惑かけられないよ!」


 そう言って花守さんは、俺の寝袋の一部をぎゅっとつまんで、クイクイと言った具合に引っ張りだす。


「気にしないで良いから!」


「いや、だから……!」


「むぅ……だったらぁ!」


「へ……!?」


 突然、足がふわりと宙に浮いた。


 俺の体がバスケットチェアーごとぐらりと傾いてゆく。

しかしそのまま地面には倒れず、俺の後頭部から首にかけては、まるで上等な枕のような柔らかい感触に包まれている。


「香月くんが入ってこないなら、私こうやって寝るんだから!」


 正座している花守さんは豊満な胸の上に俺の頭をのっけたまま、そう言い放つ。


 この態勢を意図してやっているかは定かではない。しかし後頭部がふんわり柔らかな感触に包まれているのは間違いない!


「わ、わかった! わかったからっ! 入るから!」


 もはやこの状況にまで追い込まれて、入らないわけには行かない。


 俺は寝袋に包まったまま、まるで芋虫のように這いつくばってテントの中に入ってゆく。


なんでそんな格好でかっていうと、花守さんの胸枕攻撃を受けて、ナニがあゝなってしまっているからだ。


「し、閉めるね?」


「あ、ああ……」


 花守さんはテントのファスナーを閉じる。


 なんとなくテントのビニール臭さの中に、ほのかな甘い匂いを感じるのはきっと、花守さんがお風呂で使ったシャンプーの匂いなんだろう。


 胸のドキドキが止まらず、目も、頭も、ナニも色々とギンギンで……こりゃ、寒空の下で眠ったほうがまだマシだったか……?


「あ、あのね、香月くん……」


 不意に俺の背中をツンツンとしてきた花守さんはか細い声を発している。


「誤解しないでね。私、誰にでもこういうことする訳じゃ……てか、こんなことしたの初めてだし……」


「わ、わかってるって、そんなこと……」


「今日1日、何から何まで迷惑かけてごめんね。でも、すっごく楽しかったよ! ちっちゃい時にしたキャンプと同じくらい!」


「そりゃよかった」


「さっき言いそびれちゃったことなんだけどね……私が、またキャンプしたいなって思った1番の理由は、ちっちゃい時にここでやったキャンプが楽しかったからなんだ。だからね、こっちに引っ越すことが決まって、絶対にまたここでキャンプしたいなって!」


 そう語る花守さんの声は弾んでいて、本当に嬉しそうで。


 まるで心地のいい子守唄のような。


……きがつけば、俺はあっという間に眠りの淵に落ちてしまうのだった。



●●●



 朝、俺はテントの中で1人目覚める。


 隣に花守さんの姿はない。痕跡すらない。


 昨晩のことは夢? 俺の妄想?


 と、思っていた時のこと。


 枕がわりにしていたザックのサイドポケットに紙切れが挟まれていることに気がつく。



『おはよ! よく眠れたかな? さすがにこれ以上迷惑をかけられないから、先に撤収して帰ります。ほんと、色々とありがとね! ソロキャン楽しんでね! それじゃあまた学校で! 〜花音〜 ps  私のR INE・ID登録しておいて! また一緒にキャンプしようね!』


「マジか……!」


 可愛い筆致の花守さんの置き手紙を見つつ、思わずそうポツリと呟く。


 連絡するかどうかは怪しいけど、とりあえず、置き手紙に書かれていたIDをスマホへ打ち込む、俺だった。

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