第4話 花守さんが好きと言ってくる!?

「う……」


「うー?」


「うまぁいっ! なんだよこのカレー……スパイシーで辛いのに、ほんのり甘い香りもして……!」


「ふっふっふっふ……この美味さの正体は! じゃーん! 特製ガラムマサラにありまぁす!」


 立派な胸を突き出しつつ、パウチに入った粉を見せつけてくる花守さん。

正直、スパイスよりも彼女の豊満な胸へ先に視線が行ってしまったのは、ここだけの話……


「ちなみにガラムマサラって特定のスパイスを指すわけじゃなくて、いわゆるミックススパイスのことなんだ。この中に大体10種類くらいのスパイスが入ってます!」


「特製ってことは作ったの?」


「うん! この日のためにね! しかも誰かがこうして食べてくれて、すっごく嬉しい! ありがとね!」


 花守さんはまるで昔からの友達のように、俺に笑いかけてくれている。


なんかこういう誰かの笑顔を久々に見た気がする。

そのことが嬉しくて、俺は胸に温かいものを感じつつ、カレーを平らげる。


「良い食べっぷり! さすが男の子! おかわりする?」


「いただきます」


と、お代わりをいただいた途端、突然静寂が訪れた。


さっきまでは一緒に料理をしたりなど、普通に会話ができていたけど、そうした"共通の話題"が尽きた途端、これである。


この沈黙は正直気まずい。だけど、花守さんみたいな陽キャへどんな話題を振ったら良いやら……


「あ、あのさ、香月くんはどうしてそんなにすごいの? なんで、キャンプのこと色々と知ってるの?」


 気を利かせてなのか、それとも本気で知りたいのか、花守さんは青い瞳を輝かせながら、屈託なくそう問いかけてくる。


「う、うち、昔は家族旅行っていったら必ずキャンプで……」


「そうなんだ! しかも教え方とかすんごく上手かったし!」


「中学の時、少しだけ講師のアシスタントをやったことがあって……」


「なにそれ!? そんなあるの!?」


「父さんが馴染みのアウトドアショップの店員さんに紹介されて……今、使ってる道具は、父さんのお下がりというか……その時バイト代的なものもらってたから、そのお金で買って……こうしてソロキャンをしているのは、その時の技術が錆びないようにってか、道具も使ってあげないと可哀想だし……」


 後は家でゲームばかりしていると、父さんと母さんに怒られたり、終いには"配達"を手伝えとも言われるし。

そんなことから逃げて、のんびり過ごす意味もあるんだけど、さすがにそんな不埒な理由でソロキャンをしている事実は伏せておくことにした。


「そっかぁ、私、そんなすごい先生に今日一日付きっきりで色々と教えてもらってたんだぁ。光栄だなぁ!」


「いや……と、ところで、花守さんこそどうしてキャンプを……?」


 そう問いかけると、花守さんは苦笑いを浮かべる。

 これはまずったか!?


「あ、ご、ごめん! 変なこと聞いて……」


「ううん……っていうか、怒らない?」


「怒る? 何を?」


「だって、私がキャンプしたいなって思った理由の一つって、そのぉ……動画とか、アニメの影響で……」


 そういえば昨今のキャンプブームって、そうした動画やアニメの影響もあるって聞いたことがある。


「やだよね、香月くんみたいなガチな人にとって、私みたいなにわかは……」


「お、俺は別に、そんなこと思わないけど……?」


「ほ、本当!?」


「うん、やりたい動機がなんであったって、俺は良いと思っているし。ただ……もう少し、勉強してからの方が……」


「うぐっ……た、たしかに……その点は大変反省しております……申し訳ございません……」


 思い切ってほんの少し本音を言ってみたが、花守さんは素直にその言葉受けてくれた。


「でもね! キャンプしたいなって思った1番の理由ってーー」


 突然鳴り響いたアラーム音に花守さんの声がかき消された。


「うわぁ!? も、もうこんな時間! お風呂しまっちゃう!」


 どうやら花守さんはキャンプ場から100メートル圏内にある温泉を利用したいらしい。

たしかあそこは20時で閉業のはずだから、そろそろ向かわないと閉まってしまう。


「なら行っておいでよ。ここは俺が片付けておくから」


「え、良いよ! 悪いよ!」


 花守さんは申し訳なさそうに、青い目を泳がせる。


 本当にこの人は、良い人なんだと思う。


「カレーご馳走になったし、それぐらいはね。火の始末もちゃんとしておくから」


「でも、やっぱり!」


 このままじゃ水掛け論が続いて、温泉が終わってしまう。


 それに花守さんのような綺麗な子には、たとえキャンプであろうとも、絶対にお風呂には入ってもらいたいと思う。


 そう判断した俺は、念のためにと自分のサイトから持参した炭消し袋を手に取り、ポータブル竈門に向かった。


「ほら、早く!」


「うう……ありがと。本当に今日は、何からなにまで……」


 いつも明るい花守さんは、珍しくボソボソとそう言って、俺から離れてゆく。

しかし、


「あ、あのさ! 香月くんって、かっこいいと思うよ! 今日とっても頼りになったし! こんな素人の私にも呆れず付き合ってくれたし! 去年の調理実習の時だって、みんなのために色々動いてくれてたし! 私、そういう優しくて、頼り甲斐のある人……」


「?」


「好き、だよぉぉぉぉぉーーーーー!」


「ーーっ!?」


 不意に寄せられた花守さんの"好き"という言葉に思わず振り返る。


 しかしそこにはすでに花守さんの姿はなかった。


「す、好きって……あはは……」


 勘違いしちゃいけない。今のはきっと、そう、社交辞令というやつ!


 調理実習の時だって、ボッチな俺が空気を悪くしちゃいけないと思って、ただできることやっていただけだなわけだし……


 だけど悪い気分ではなかった。むしろ、花守さんのような美人にどんな意味であれ"好き"と言ってもらえたのだから、儲け物である。


 俺は頭の中で、何度も花守さんの"好き"という言葉を反芻しつつ、1人片付けに勤しむのだった。


●●●



「ふぅ……今日はすごいソロキャンプになったなぁ……」


 温泉からの花守さんの帰りを確認した俺は、ようやく自分のサイトへ戻り、お茶を片手に一息をついていた。


 今が春とはいえ、やはり夜になると寒い。


 だけど、心はほっこり温かだった。


 その原因たるや、もちろん、先ほどまで一緒に過ごしていた花守 花音さんの存在である。


 キャンプっていう共通の趣味も見つかったわけだし、花守さんもなんだか俺に親しみを覚えてくれているらしいし、もしやこれは……?


 と、沸き起こった不埒な思いは頭を横にブンブン振って払拭させる。


 ボッチな俺と人気者の花守さんが? んなことありゃしない。今日のはそう、偶然だ。

宝くじに当たったようなもんなのだ。


「はよ寝よ……はぁ……疲れた……」


 こういう時はさっさと寝てしまうに限りると思い、LEDランタンを消してテントの中へ。


 そして寝袋に潜り込む、目を閉じる。


 しかしそうして浮かぶのは、やはり可愛い花守さんの笑顔と、大きな胸と、そして"好き"という言葉。


 これはまずいぞ……このままじゃマジで眠れないぞ……


 それに"あの時"のことがあるから、もう"女の子"には深く関わらない方が良いと思っているし……


「っ!?」


 そう悶々としている最中、不意にテントの外から"ジャリ"っと小石を蹴る音が聞こえてくる。


 そういえば、ここ最近ソロキャンパーを狙った窃盗被害があると思いだす。


 大半は女性ソロキャンパーを狙ったものらしいが……でも今の時代、いろんな人がいるし……


 俺は息を殺し、テントのファスナーへカラビナをつけて、ひとまずロックをかける


 そして息を殺し、耳をそばだて、外の相手の動きを探る。


 テントの外にいる何者かは確実に、このテントへ近づいてきている。


 こりゃ本格的にまずいぞ……俺はいざという時に備え、ペグハンマーの柄を握りしめる。


 そして月明かりに照らされた、奴の影がぬっぅっと天の中に映り込んでくる。


「……開けて……」


 か細い女の声が聞こえる。


 まさか変態じゃなくて幽霊の類……!?


「寝てなかったら、開けて、香月くん……」


「は、花守さん!?」

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