第2話 キャンプ初心者の花守さん

「あ、あ、も、もしかして友達とキャンプとかしてた……?」


 言ったそばから花守さんは、申し訳なさそうな顔をしている。

花守さんっていい人なんだなぁ……。


「あーいや、それは……」


 どうしよう、どう答えよう。


 素直にソロキャンプしていたから、一緒にできると答えるか?


 でもなんだか恥ずかしい気も……これが陽キャだったら、"ソロキャンしてたんだ! せっかくだから一緒にキャンプしようぜ!"とでもさらりといえるだろうか。いや、そもそも、花守さんが1人でキャンプだなんて、妙じゃないか?


「っていうか、花守さん、これから友達と合流でしょ?」


「ううん、私1人なんだ。ソロキャンってやつ」


「マジで……?」


「うん、いっつもさりげなくやろうって話題は降ってるんだけどさ、みんなあんまりリアクションが良くなくて……でも、すっごくやりたかったから、じゃあ1人でも大丈夫かなって思って……」


 都会育ちで、高校になってからこちらへやってきた花守さんには、自然の中でのキャンプは特別なものなのだろう。

対して、いつも彼女のそばに居る子たちは、都会育ちの花守さんに憧れている風潮がある。

だから"キャンプ"というものへのリアクションが希薄なのは、なんとなく理解ができた。


「やっぱりいきなり、一緒にキャンプしようだなんて迷惑だったよね……ごめんね……」


 さっきまで元気いっぱいだった花守さんは苦笑いを浮かべ、少し寂しそうな様子を醸しつつ俺から距離を置く。


 いつも明るく、何事にも楽しげな様子の花守さんが、初めて見せた少々暗い表情に、俺の胸がちくりと痛む。


 だからって、"じゃあ一緒にキャンプしよう!"とは、どうしても言えなかったのでーー


「と、とりあえず、テント立てちゃいませんか……?」


 さすがに顔はみられなかったので、立ち上がる前のテントへ視線を落としつつ、そう回答。


「ありがとっ! そうしよ!」


 肩にぶつかる弾んだ声だけで、花守さんがニコニコ笑顔になっているのがわかり、ホッとするのと同時に、胸が不思議とムズムズしだす。

そりゃ、花守さんは声もすごくいいから仕方ない。


ーーかくして俺と花守さんは、協力して彼女のドーム型テントを立て始める。


 本体シートの骨格となる2本のポールを組み立て、本体シートへ十字に通す。


「は、花守さん! シートの四隅にピンみたいなものがあるでしょ? そのピンをポールの両端にある穴へ差し込んでください!」


「わ、わかった! えっと……ううんっ……!」


 花守さんは俺の言った通りのことをやろうとはしてくれている。


 しかしポールの方が長く、シートが短いため、うまく入らないと思ってる……?


 ああ、なるほど、そういうことか。


「花守さん! そのポール思いっきり曲げても平気ですよ!」


「ええ!? 大丈夫なの!? 折れたりしないの!?」


「大丈夫! 思い切ってやっちゃって! むしろ跳ねっ返りの方に気をつけてください!」


 花守さんは恐る恐るといった手つきで真っ直ぐだったポールを、弧を描くように曲げた。

そして腕をプルプル震わせつつ、四隅のピンをポールの穴へ差し込む。


「は、入ったぁ!」


「じゃあ、こっちも入れるぞ!」


「うん、入れて!」


 なんで何気ない"入れて"って言葉なのに、反応しちゃってるのよ俺……思春期恐るべし……俺の頭はピンクが過ぎる……高校生になって少しはマシになったと思ってたんだけどなぁ……


「わわわ! 立ったぁ!」


 一気にたちがったテントの向こうから、花守さんの感動の声が聞こえてくる。


 なんだか初々しくて、いい反応だと思った。


 ようやくポールを"思い切り曲げても大丈夫"と理解した花守さんは、調子よく同じことをし、見事テントが立ち上がった。


 四隅をピンで固定し、本体の立ち上げは完了。


 しかしこのままでは夜露や、突然の降雨で中はぐっしょり、びっしょりとなってしまうので、フライシートをかけることに。


「ふん! ふん! ううっ……うーん……」


 フライシートをかけ、あとはペグで固定すればいい場面で、またしても向こう側から聞こえてきた花守さんの戸惑いの声。


「どうかしました?」


「なんか、いくら打ちつけてもこれ以上入らないんだけど……」


 花守さんはそう愚痴りつつ、ペグの頭をハンマーで叩いていた。


 叩き方は悪くないし、力だって十分入っている。


 そしてこのテントに付属していたペグは予想通りアルミ製のしょぼいもの。


ということは……


「少々お待ちを!」


 たしか予備があったはずと自分のサイトへ戻る。

そして荷物の中から、長さ20センチほどの黒光りするしっかりとした作りの"鋳造ペグ"を取り出し、花守さんのサイトへ戻る。


「これ使ってください!」


「わぁ! 香月くんの長くて立派だねぇ!」


「あは……」


 思春期、以下略……と、俺がそんな阿呆なことを考えているなど露知らず、花守さんは黒光する鍛造ペグを受け取った。


 花守さんは地面に添えた頑丈な鋳造ペグをハンマーで叩き始める。


「すごいっ! どんどん、深く入ってくぅ! さっきまでの苦労が嘘みたい!」


「こ、こういう地面の中に石が多そうなところって、鍛造ペグの方がいいんですよ。中の岩を砕きながら、地面に入ってゆくし……」


「そうなんだ! すごいなぁ! りっぱだなぁ〜! なんか手触りもいい感じだし!」


 と、言って花守さんは地面に深く打ち込んだ鍛造ペグを、細くて白い指先で撫でたり、上下に擦ったり……もう、俺のばか……!


 あとはペグにフライシートの左右にある紐をかけ、ピンと張りつめれば、


「わぁ! テントだぁ! テントだよ、テント! 本物のテント! すごぉい!」


 花守さんは頬を上気させつつ、とても嬉しそうな様子でテントを見上げている。


 そういや俺も、初めて両親にキャンプへ連れて行かれた時、こんなリアクションしてたっけ。


「ありがとね、香月くん! すっごく助かったよ!」


「あーいや、それほどでも……」


 素直に褒められて、すごく嬉しかった。


 "あの時"もこういうリアクションをもらえてさえいれば、もう少しマシな高校生活を送れていたのかもしれない……


「どうしたの? お腹すいちゃった?」


 気がつくと、綺麗な顔を心配で染め、俺のことを見上げている花守さんだった。


 どうやら"あの時"のことを思い出している俺は、他人を不安がらせるほどの暗い表情をしているのかもしれない……


「大丈夫?」


「あ、うん……それじゃあ俺はこれで……」


「ちょっとまって!」


 自分のサイトへ戻ろうとすると、背中へ明るい花守さんの声が響いた


「色々手伝ってくれたお礼にご飯ご馳走するよ! てか、それが1番したくてキャンプに来たんだから!」


 そう言って花守さんは、荷物用のザックとは別に持参していた、花柄のソフト保冷ケースのファスナーを開け、中身を取り出す。


「カレー?」


「そう、カレー! キャンプといえばカレーだから!」


 花守さんはにっこり微笑みつつ、ジップロックの束を掲げて見せる。


 みたこともないスパイスや、すでに刻んである人参などなど。


 そういや、花守さんって去年の文化祭で行われた"お料理バトルロワイアル"で見事優勝をしたほどの、料理好きだっけ。


「あとさ、一個お願いがあるんだけど」


「な、なんでしょ?」


「私たち同級生なんだからさ、敬語は無しでね? その方が私嬉しいし!」


「あ、はい、わかりました……」


「むぅ……」


 と、花守さんは頬をぷっくり膨らませ、ジト目で睨んでくる。

本当にこんな顔をする人がいるんだなぁ……


「わ、かりま……ったよ……?」


「うん、オッケー! じゃあ、さっそくご飯にしよー!」


 なんか花守さんのような元気な人のそばに居ると、こっちも元気がもらえる気がする。

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