【五話】

第6話

五話 シナリオ


思いがけないことに由宇は戸惑った。だがいくら先生がいい人でも頼るわけにもいかない。もらった携帯の番号が書かれたメモはそっと部屋の引き出しにしまった。


結論はでないままずるずると時は過ぎて行った。みるみるうちに憔悴していく由宇。その姿をみた詩織は、愉快で仕方なかった。子どもの自慢をするこうなるんだと、心の中であざ笑っていた。

しかも社内でも倫也が不倫していることが噂になっていた。詩織はこっそり倫也に探りを入れる。倫也に「一度の浮気くらい許せばいいのにね」とかまをかける。由宇から全部聞かされていると思った倫也はつい「どうすれば許してもらえるか」と詩織に相談するのだった。

それがきっかけで、由宇は仕事場にも居づらくなってしまう。根も葉もない噂をされ、注目の的に。なぜか由宇のほうが指をさされる羽目に。家にも職場にも居場所がない由宇は疲れ切っていた。


ある時、岬がなんのアポもなく突然由宇の家にやって来た。そしてずかずかとあがりこんだかと思えば開口一番に「妊娠した」と言ったのだ。得意げな顔でお腹を撫でる岬を前に、由宇は血の気が引くのを感じた。

「私産むから。いいでしょ? 倫也」

由宇と倫也の前で躊躇なくそういう彼女は、もう由宇が知る岬ではなかった。そしてさらに驚くべきことを口にする。

「そこで私から提案。由宇、倫也を共有しない?」

「は? なにいってるの?」

「別れろとは言わない。でも、私も仕事があるし、正直いってお金の余裕もない。一人で育てるなんて無理よ。それに少なくとも由宇にもこの子に対して責任あると思うんだ」

言っていることが無茶苦茶すぎて、全く頭に入らなかった。つまり、岬はこの家で自分と子どもを養えと言っているのだ。あり得ない提案に、由宇は呆気にとられ、返す言葉も見つからなかった。倫也もただボー然とするばかりで、岬の暴言を止めようとしない。自分がしでかしたことなのに、妻に尻ぬぐいさせようとしている倫也も許せなかった。

「考えといて」

そう言って岬は家を出て行った。

岬が帰った後、倫也と口論に。もう離婚しかないと由宇が言うも、倫也は頑なに頷かない。じゃあ赤ちゃんはどうするのかと問えば、だんまり。話は平行線。


しかも岬はその日以来頻繁に家に来るように。ごはんを食べさせてとか、泊まっていきたいなど、日に日に要求をエスカレートさせていった。お腹に赤ちゃんがいると思うと、由宇も無下にはできなかった。


この時点で由宇の精神はボロボロで、夜も眠れないことが増えていた。そして気が付いた時には梶の番号を押していたのだ。

「梶先生、助けて——」

梶はすぐに家の近くの公園までやってきた。そして会うなり由宇に優しく言った。

「いつでも頼ってください。力になります」と。

こんな風に誰かに優しくされるのはいつぶりだろうと由宇はしみじみ思った。梶の優しさに、凍っていた由宇の心は温かくなっていった。

梶もまた由宇に頼られ嬉しかった。弱り切った由宇を思いっきり抱きしめたかったがなんとか自分を諫め、他愛もない話で梶は由宇を励ました。気が付けば由宇の顔には笑顔が浮かんでいた。


この時、まさか二人でいるところを他の保護者に見られているとは、思いもしなかったのだ。

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