第9話 この1年で一番印象深かった女の子
結局考えが纏まらずに朝食を終えてしまった……。
どうしたものかと悩んでいると、フィノリナ譲が部屋へとやってきた。
和やかとは言えない空気の中で、食後の紅茶をお互いに無言で飲む。
「ごめんなさい、我が儘で、困らせて……」
「いえ、びっくりはしましたけど。えーっと。世の中普通に婚約破棄が行われているようですけど、フィノリナ様は学園に行かれるかと思いますが、そこで好みの方を見つけようとはお思いにならないのですか?」
「……お父様が、学園は基本的に細いのしかいないって。あと極端に太っているか。私、太っている方も男性として見られるけど、それでも一定のラインを越えて太っている人はちょっと……」
なるほど、ぽっちゃりはいけるけど、巨デブは無理なのか。
「因みに、私だともう少し太った方が好みということでしょうか?」
「うん、もうちょっと厚いのが好き」
うーんでもなぁ、この時期から太っているのは絶対後々健康的に良くないんだよなぁ。
それに、旅に出るつもりだからもう少し体力も付けたいし、そうなると必然的に痩せるだろうしなぁ。
「それなら、マッチョを目指すというのはどうでしょうか?」
「お父様のようになるには難しいと思う。それこそ学園に入ってから鍛え始めるくらいじゃないと、絶対に体を壊しちゃう。だから、それまではある程度の筋トレに抑えて、もう少しぽっちゃりしてた方がいいと思う」
ダッと、真剣な顔で早口で語るフィノリナ譲に苦笑いが漏れる。
本当に補足させたくないんだな……。
今から辺境伯を目指すのは無理だよな。あの体型になるには筋トレだけじゃ無理そうだし。
あと、フィノリナ譲の言う通り、今の内から過度の筋トレは絶対に体に悪いよな。
体のために痩せようとしてんのに、体を壊したら本末転倒だ。
「取り合えず、お互いに妥協点を見つけましょう」
「……うん」
妥協点なぁ。
「体型はこれくらいのあとちょっとで普通体型になるのを維持しつつ、軽く筋トレと体力作りをするのでどうでしょう?」
計画名は、目指せぽっちゃりお相撲さんだ!
確か力士の方は、あの見た目に反して体脂肪率は低いらしい。皮下脂肪は沢山ついているけれども、体内は脂肪ではなく筋肉なんだとか。
健康を害してくるのは、やっぱり内臓脂肪が主だろうから、そっちは除去しながら、皮下脂肪でぽっちゃりを残す。
兎に角運動してご飯を沢山食べればいけるだろうか?
「うん、ありがとう……」
「よし! それじゃあこの話は一旦お終いにしましょう!」
「そうだね! そう言えば麻雀の事で聞きたいことがあるんだ! 聞いてもいいかな!」
「勿論です」
お互いに分かりやすいカラ元気と話題逸らしだが、それを指摘する人間は此処にはいない。
「ポイントの確定ってどのくらいでやってる?」
あーポイントの確定か……。
正直その辺はチートがあるから、関係はあるけど関係ないんだよなぁ。
たしか……、この世界の麻雀は、1位40ポイント(オカ含む)、2位10ポイント、3位-10ポイント、4位-20ポイントだ。素点は換算されないから、このポイントが経験値になるが、1日3回確定が出来る。
前回の確定から次に確定するまでのポイントを、確定することで経験値にすることが出来る。
前回確定後、1位4位の場合、確定すれば20ポイントの経験値を貰えるわけだ。
それから、マイナスの数字で確定するとマイナスが反映されるわけじゃなくて0ポイントで確定されるから、ある程度の損切りも必要。
俺の場合は確定の回数に制限がないチートを貰ってるから、そういうのは考えたことが無かったな。
「因みに、1日にどれくらいの麻雀を打ちますか?」
「うーん、2か3。でも増やそうと思ってる」
「そうですね、日に何十局と打たないなら、1位なら即確定して、4位のあと4位か3位だったら仕方なく確定とかでどうでしょうか。マイナスは40以上になったら確定、プラスは20くらいが目安で、どうでしょう?」
ちゃんと計算したわけじゃないから、結構適当だけれども、まぁワントップでプラスにならないなら、もう切っちゃっていいと思う。逆に一回のラスで折角溜めたポイントが0になってしまうくらいなら、20で確定してしっかり経験値ポイントを確定した方が好みだ。
「後は、1日の局数に応じて臨機応変にだと思います」
「ありがとう! いつも悩んでたから」
それからは、二人でミニゲームのよな麻雀をしたり、お互いにレート戦をして一日が終わった。
翌日から、朝のウォーキングをフィノリナ譲と一緒に行い、軽い筋トレの方法も教えて貰った。
そのぶん多めにご飯を食べたから、痩せては無いと思うが……。
そんなこんなで一週間はあっという間に過ぎてしまった。
「マクレンド様、一週間ありがとう! 楽しかった! 今度は家の領に遊びに来て!」
「是非行かせてもらいます」
フィノリナ譲と別れの挨拶をしていると、横から辺境伯が現れた。
「マクレンド君! フィノリナに麻雀を教えてくれてありがとう! 前よりも随分と麻雀に前向きになったようで、感謝している。必ず我が領へも遊びに来てくれ! もてなさせて貰おう」
「ありがとうございます。その時を楽しみにさせていただきます」
「うむ!」
辺境伯を迎えた時と同様、家族総出で辺境伯の馬車を見送った。
辺境伯の馬車を見送ると、とたんに寂寥感が襲ってきた。
色々と大変な一週間だったが、それでも自分で思っていたよりも楽しかったらしい。
そんな寂寥感も吹っ飛ばすように、その一か月後、俺は辺境伯の領主邸にいた。
辺境伯領に近づいていた時に見えた雄大な山脈は、近くに来れば木々の壁だ。
領主邸に迎えられて、俺はフィノリナ譲の話がいっさい盛られていない事に、なんとか口元を引くつかせる程度で押さえた。
だって本当にゴリマッチョかデブしかいない!
俺達を案内してくれた白髪のお爺さん執事でさえ、執事服が窮屈そうなパツパツマッチョだ。
ただ意外にも女性はすらっとした人も多い……勿論ゴリマッチョ女性もいたが。
「いらっしゃいマクレンド様!」
元気に飛び出してきたフィノリナ譲と挨拶を交わし、辺境伯領を見て回った。
その後滞在期間は一週間。
今度は麻雀ではなく、俺の年齢に合わせた効率的な筋トレを教えてもらうことになった。
特に凄かったのが、辺境伯夫人のエメット様だ。ブロンドの髪に青い瞳のつり目、すらっとした出来るOL感のある方で、ご自身も武を重んじる子爵家の出らしく、どうやったら強い肉体を得られるのかを趣味にしているらしい。
正しくこの領地の夫人である。
そんな夫人が手ずから俺の訓練メニューを考えて下さったそうだ。
「マクレンド君の家へ行ってから、フィノリナが随分と麻雀に取り組むようになってくれた、その御礼ですわ」
との事。
家に来ていた時の一週間もさることながら、今回の訪問も直ぐに過ぎ去ってしまった。
帰り際、フィノリナ譲と文通の約束をして、俺は領地に戻った。
それからは俺のルーティーンに、筋トレと文通が追加された。
文通にも筋トレメニューや注意点を載せてくれている所が、フィノリナ譲らしい。
後は、麻雀に永遠に負け続けて一心不乱に剣術に打ち込んだ、なんて愚痴も書いてあった。
麻雀は不思議な物で、なんか4着が続いたり、全然勝てなかったりするから、メンタルがやられるのも分かる。
こればっかりは、もう慣れるしかない。そう言う物だと割り切って、何日か麻雀をやらずに距離を取ったら、ふと勝てたりもする。
そんな事を文にしたためながら、6歳の時を過ごした。
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