第5話 帝国が腐っていなければ、なんとか悪役が回避できるかもしれない家柄。


 ダンスティーチャーに誘拐を喰らった翌日。


 朝食の後、俺は父親の書斎へと呼び出されていた。


 父親の書斎は綺麗に整頓されており、本棚にはぎっちりと書類が詰まっていた。

 書斎には作業スペースとは別に、軽い応接スペースがあり、現在俺はそこで父親と向かい合っている。

 現在のメンバーは、俺と父親と、昨日は貧民街に溶け込んでいた、敵のアジトに乗り込んできた女性だ。


 滅茶苦茶見覚えがあると思ったら、やっぱり父親付の侍女だった。

 それにしても、偶然伯爵家の侍女があんな恰好でうろついているわけがないだろうし、絶対にあのアジト、バレてただろ!

 というかあれか? 実は泳がしていたからホイホイついて行ってこの段階でアジト潰すのはまずかったか?

 いやいや、そこまでは知らん!

 俺のせいじゃねぇ!


「マクレンド、昨日は怖い思いをさせてすまなかった」

「お父様、悪いのはあいつらですから。ただ、色々と教えては欲しいです」

「ふむ……」


 思案気な顔をしながら、侍女が入れてくれた紅茶を飲む父親。


「マクレンドはよく書庫に行くし、侍女から難しい本を読んでいるとも教えて貰っている。だから私から言う事をきっとマクレンドには理解出来てしまうだろう。理解できてしまうからこそ、色々と巻き込まれてしまう事もある」


 うーん、雲行きが怪しすぎる。

 これ絶対方々から恨みとか買ってるだろ。

 

「マクレンドが決めて欲しい、いつかは話すけど、子供のお前に話す事ではない。だから今じゃなくてもいい、でも今聞きたいなら素直に話すよ」


 そこまで言われたら聞きたくねぇー。

 聞きたくないが、聞かないわけにはいかないだろう。

 俺が何者なのか、それを知ったうえでストーリーにどう関わってくるのかの推測が出来るかもしれない。

 ミッションをコンプリートするには、兎に角情報を集める必要がある。


「教えて欲しいです」

「……分かった。今から話す事は、公然の秘密になってしまっているけど、秘密は秘密だから、他所で話してはいけないよ」

「約束します」


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 俺は大きく頷き、父親の言葉を待った。


「私達アリトスハインド家は、所謂スパイとして各国を調査する使命を受けているんだ。それから、帝国内の貴族の裏切りや本当にどうしようもないときは暗殺も行っている。それが許される家だ。だから自国の貴族には恐れられるし恨まれている。更に他国の人間からすれば鼻つまみ者だ」


 完全に裏稼業系だったかぁ。


 えぇ、じゃあ暗躍して悪役になる可能性もあるってことか。

 ただなぁ、今の話だとそこまで悪役って感じはしないんだよな。どちらかと言うと、狡猾な貴族に騙された主人公が敵対する舞台装置みたいなイメージだ。結局は誤解が解けて、アリトスハインド家としても狙っていたその貴族をしょっ引くみたいな。


「これも公然の秘密ではあるのだけれども、我が家は代々情報収集を行っている騎士団の団長を務めているんだ。確実に騎士団長のポストが用意されている、それもまた他の貴族からしたら気に食わない事だろうね」


 確かにな。

 本来は長男が爵位を継ぎ、次男や三男は自分の道を宮廷内や領地内で見つけないといけない。それを思えば、跡取り以外の貴族から恨まれる事もあるだろうな……。


「まぁ試練があるから、表立っては言われないけれどね」

「試練ですか?」

「そう。アリトスハインド家には、その人物の適正を見極める為、それからこの試練が開始された当時の貴族の思惑なんてのも入っているのだけれども、それはまた今度にして、他の貴族とは違う、試練があるんだ」


 まさか忍びの里みたいなところがあって、そこで技術を覚えるまで帰ってこれないとか? それならちょっとテンション上がるけどな。


「10歳から13歳の間に、一度家をでて旅をしてもらう。期間は帝国の学園に入る15歳までの間だね。勿論護衛と教育係も付けるけど、この旅で亡くなってしまう子も多い。私としては可愛い子供たちを旅になど出したくは無いのだけれども、それは出来なくてね」


 なんか納得した。

 この家のしきたりとかじゃなくて、俺がこの家に転生したことに。


 平民だと影響力が無いし、子供の頃に死んでしまう可能性も貴族よりは高い、だから転生して主人公が活躍するまで生き残る事を考えれば貴族の子に転生させるのがいい。

 しかし貴族の子だと色々と縛りがあって、主人公を助けに自由に動けないかもしれない。


 でもアリトスハインド家なら?


 先ず10歳から15歳で各国に伝手を作り、学園卒業後は例の情報収集の騎士団に入って世界を飛び回れる。

 まぁなんて都合のいい家なんでしょうか!


 更に旅の間の危険は、俺のチートで自分の強化をしまくってごり押しすれば、そこまでの危険はない。勿論不意に死んでしまうことがあるかもしれないが、結局主人公を助けるために方々へ行くなら、いつかは背負わなければならないリスクだ。そんなものはリスクとは呼べない。


「勿論どうしても旅に出たくなければ抜け道もあるんだ。この子は外には出せないと判断された子は、貴族籍から抜かれるけど、アリトスハインド家ではなくなるから、旅に出なくてもよくなる。これを利用すれば旅立たなくてもいい、勿論貴族じゃなくなったからって家族じゃ無くなるわけじゃない。だから安心して欲しい」


 そっちも魅力的だな。

 一応伯爵家のバックはありつつ、自由に世界を飛び回れるというわけか。

 それに、さっきちらっと出てきた学園とやらにも行かなくて済みそうだし。

 正直学園に時間を取られるよりも、世界を巡った方が俺の使命には合っているだろう。


 ただまぁ今のところは貴族籍から抜けるのは悪手だとしか思えないし、普通に試練とやらに挑む所存。

 この世界は明確な身分格差がある。伯爵子息ならなんとかなったところ、平民の状態だと打ち首、なんてこともあるかもしれない。

 テンプレ悪役のような、家の名前を背負っている方がマイナスならば貴族じゃなくなるのも有りだが、家は平民にはそこまで嫌われていないようだし、貴族で居た方が便利だろう。


「さて、今のは前段階で、マクレンドを狙った奴らの話をしようか」


 あっ、そう言えばその話の途中だった。

 家の事情とか転生の事情とか考えていたから、すっかり忘れていた。

 滅茶苦茶な大事件なのに、なんか予定調和感があって影が薄いんだよな……。


「結論から言うと、奴らは他国の貴族に雇われた密偵だったよ。二か月ほど前、帝国の貴族と隣国の貴族とでちょっと看過できない裏取引の情報を仕入れてね、現在騎士団が作戦中なんだ。流石に隣国にまで堂々と騎士を派遣するわけにはいかないから、隣国の付き合いのある貴族に証拠を渡そうとしていたのだけれど、結構な妨害にあっていてね。マクレンドが攫われたのもその一環だったよ」


 そういうパターンもあるのか。

 恨みつらみで誘拐して何かを要求するのではなく、妨害目的の誘拐か。全然頭になかった。


 転生先としては優良なのは分かるけど、思ったよりも危険じゃないかこの家!

 これなら公爵家の4男とかの方が自由度もあったのでは?

 いや、まだ分からん。実際に公爵家の4男に会った事無いし。あっちもあっちで政略結婚で嫁いで自由なんて無い可能性も大いにある。


「妨害は大丈夫だったんですか?」

「大丈夫だよ。今のところ死亡報告は勿論怪我も無いそうだ。あと3日くらいで向こうに到着すると、今朝連絡員が言っていたよ」

「良かったです」

「勿論、家にちょっかいを掛けたからには、相応の対処を求めるけどね。でも表立っては出来ないから、内々にね」


 自国内なら色々出来るけど、流石に他国となるとそうなるのも仕方ないだろう。

 帝国は強いとはいえ、侵略戦争万歳って国でもないから、平和的に終わるならそれでいいのだろう。

 今回は被害らしい被害が無かったからそうなっただけかもしれないが。

 もしあのまま誘拐されたり、殺されたりしていたら、戦争とかになってもおかしくないもんな……。


「さて難しい話しはこれまでにして、付与術を入れるから服をぬいでくれるかい? 賊に捕まった時に使ってしまっただろう?」




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