第9話 言葉を超えた友情

雅が特別練習会で得たものは、走る技術だけではなかった。同じ夢を追いかける仲間たちとのつながり、そして彼らの情熱だった。それは雅にとって初めての経験であり、心を大きく揺さぶるものだった。


特に雅の心に残ったのは、美咲の存在だった。400メートル走で活躍する美咲は、雅にとって憧れの存在であり、同時に新たな目標を共有する仲間だった。練習会の後も、美咲は定期的に雅に手話でメッセージを送ってくれた。


初めての遠征練習


ある日、佐藤から特別な提案があった。


「来週、美咲たちの練習場で合同練習がある。雅も一緒に行かないか?」


雅は目を輝かせてうなずいた。


「ぜひ行きたいです!」


合同練習の日、美咲の所属するクラブチームの練習場は、雅にとって初めて見るような本格的な施設だった。トラックは広く、選手たちの動きにはどこか洗練された雰囲気があった。


美咲が駆け寄ってきて、雅の手を取りながら手話で言った。


「ようこそ!今日はたっぷり一緒に練習しよう。」


雅は少し緊張しながらも、美咲の明るい笑顔に励まされ、練習に打ち込むことができた。


挫折する仲間


練習の後、雅は美咲と同じ短距離選手である一人の青年・亮と話す機会を得た。亮は、美咲の後輩で、100メートルの記録を伸ばすために日々努力していた。しかし、その表情はどこか沈んでいた。


「最近、タイムが全然伸びなくてさ。」

亮は手話でそう言うと、うつむいてしまった。


「練習してるのに結果が出ないと、自分が向いてないんじゃないかって思ってしまう。」


その言葉に、雅はかつての自分を思い出した。初めて大会で負けたときの悔しさ、そして自分には無理だと思いかけた気持ち。それでも続けることを選んだからこそ、今の自分がある。


「亮さん、私も最初は悩みました。でも、諦めずに続けることで少しずつ変わっていけたんです。」


雅の言葉に、亮は少しだけ顔を上げた。


「本当にそう思う?」


「はい。誰にでも壁はあります。でも、その壁を越えたときの景色は、きっと素晴らしいものだと思います。」


亮は少し考えた後、苦笑いを浮かべた。


「ありがとう、雅。なんか、少しだけ勇気が出たよ。」


友情の輪


その日の帰り道、美咲が雅に言った。


「雅、君は本当にすごいね。自分のことで精一杯なのに、亮のことまで気にかけてくれて。」


雅は首を振りながら答えた。


「私もまだまだです。でも、仲間がいることで頑張れるんです。」


美咲は雅の手を取り、力強く握った。


「私たち、これからも一緒に頑張ろう。デフリンピックの舞台で、絶対にまた会おうね。」


雅はその言葉にうなずき、笑顔を見せた。


新たなつながり


家に帰った雅は、その日出会った仲間たちの顔を思い浮かべた。亮、美咲、そして練習に励む他の選手たち。


「私だけじゃないんだ。みんなが同じ目標を持って、頑張っている。」


音のない世界でも、確かに広がる友情の輪。それは雅にとって、これまでにない大きな力となった。


その夜、雅はノートにこう書き加えた。


「仲間がいるから、もっと速くなれる。」


彼女の挑戦は、仲間たちとの絆によってさらに強く、確かなものになっていくのだった。

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