第11話親友をゲームに誘います


ログアウトすると、先程までの賑やかさが無くなり、現実世界に戻ってきた事の実感と一抹の寂しさが去来します……


VRリンクギアを外して暫くの間余韻に浸っていると、扉をノックする音が聞こえてきました。

恐らく静華がディナーの為に、身支度の手伝いに来たのでしょう。


「お嬢様。支度の手伝いに参りました。」


「どうぞ」


「失礼致します。

あら、そんなにVRギアを大事そうに抱えて、ゲームがよほど楽しかったのでしょうか?」


「そんなこと言って、静華だって楽しかったでしょ?

私は凄く楽しかったですよ!」


静華だって楽しかったくせに……

少しからかいを交えて聞いてきたので、同じように質問を返します。


「少しからかいが過ぎましたね……

時間もあまり無いことですし、まずは洋服から決めていしましょう」

「こちらのワンピースとブルゾンの組み合わせはどうでしょうか?」


「そうですね……でも、もう高校生になるので少し大人っぽさを意識して、こちらのジャンパースカートとブラウスの組み合わせはどうでしょうか?」


「確かに大人っぽくはありますが、少し地味かなと思います。

今回は身内だけのディナーと聞いてますので、落ち着いたカジュアルエレガンスのものよりも、少し華やかなスマートカジュアルの路線でいった方が良さそうですね。」

「お嬢様が望む少し大人びたものでしたら……こちらのプリーツスカートとレースを少しあしらったブラウスはどうでしょうか?

大人っぽくもあり可愛いらしさもあるので、お嬢様に良くお似合いかと」


「それ凄く良いですね!大人っぽい上に可愛いです!」


「では服装はこちらにいたしますね。

まだ肌寒い季節ですので、こちらのチェスターコートも羽織って下さい。

シュッと引き締まって、より大人っぽくなるかと」


「ありがとう。でも、少し悔しいです……」


「何故でしょうか?」


「だって、いつも服装選びで、私よりも静華の方が良いものを選ぶので……

私自身の事なのに、静華に負けてしまってるのが悔しいです」


「お嬢様。それは当然でございます。

何故ならお嬢様が自分自身を見る時間よりも、私がお嬢様を見ている時間の方が遥かに長いので」


「確かにそうですが、負けっぱなしなのは悔しいので、いつか勝ちたいと思います!」


「服装選びに勝ち負けも無いでしょうに……

ですが、お嬢様かそう仰られるなら受けて立ちます。」


「覚悟しといて下さい」


こんなやり取りをしてると、さらに時間が押してきたので慌てて着替えます。

着替えていると横から視線を感じたので、そちらを向くと、静華が私の事をじっと見つめていました……


「静華……そんなに見られると着替えにくいのですが……」


「お嬢様の発育を確認するのも使用人の勤めですので、

どうかお気になさらず着替えて下さい。」


少し釈然としない思いもありましたが、あまり時間がないので、すぐに着替えます。

ちなみに、静華はこちらから一切視線を外しませんでした……


「お嬢様。次は軽く化粧をしますので、こちらにお座り下さい。」


「お化粧なんて去年のパーティー以来ですので、少し緊張します」


「正直に申し上げますと、お嬢様の肌は凄くキレイですので化粧の必要はありませんが、

今回は服装を少し大人っぽくしているので、目元だけ軽くしますね」


「お願いします」


化粧が終わるのをドキドキしながら待っていると、「出来ました」と言われ、鏡を見てみます。


「目元のメイクだけでも、こんなに変わるのですね!?

凄く大人っぽいです!」


「気に入って貰えて何よりです。」

「では、次に髪型をセットしますね。どのような髪型が良いでしょうか?」


「静華のお任せでお願いします」


「私に勝利するのではなかったのですか?」


「今日は時間もありませんので、敗北を受け入れ、静華のセンスにお任せします。

でも、誰にも負けないぐらい可愛くお願いしますね!」


「お、お嬢様……そのウインクは反則です……

今の時点ですでに世界中の誰よりも可愛いです……」


「大げさ過ぎです!? もう冗談は良いので始めてください」


「冗談ではないのですが……」


まだ何か言ってるので、鏡越しで非難の目を送ります。


「コホン……では、今回は大人っぽくアップスタイルにします」


「いつものハーフアップではないのですか?」


「そうです。より大人っぽくしてみようかと」


「楽しみです!」


静華はまるで魔法みたいに髪の毛を結い上げながら、

なにやらウットリした声で呟いています……


「ハァハァ、お嬢様の金髪美しすぎです。

純金を溶かして作られたような輝きと、お嬢様の美貌も相まって、まるで天使のようです……」


「えっと……静華は何を言っているのでしょうか?」


「えっ…お嬢様の髪の毛1本と金の延べ棒1本が同価値だと言うことですか?」


「本当に何を言ってるのですか……

金の延べ棒1kgは1,000万円以上するのに、私の髪の毛1本が同価値な訳ないでしょう……」


「お嬢様。勿論冗談ですよ。」


「そんなこと言われなくても、分かっていますよ!」


「お嬢様の髪の毛1本が1,000万円なわけないじゃないですか……1億円はしますよ。」


「まさかの値上がりしました!?」


「お嬢様。ナイスツッコミです!」


そうこうしていると、髪の毛のセットが終わりました。

なぜ、髪の毛をセットしてもらうだけなのに、こんなにも疲れるのでしょうか……

出掛ける準備が整ったので、リビングへ向かいます。


「香織。いつも可愛いけど、今日は少し大人っぽくて素敵だね」


リビングに着くと、お兄様から早速褒められます。

大人っぽくして良かったです


「確かに、いつもは可愛い感じだけど、今日は大人っぽくて綺麗だね」

「凄く似合っているわ。香織もお洒落する年頃なのね。」


続けて、お父様とお母様からも褒められます。


「お父様。お仕事はもう終わられたのでしょうか?」


「香織の合格祝いだからね、早く切り上げてきたんだ」


父の桜ノ宮 伊織さくらのみや いおりは、桜ノ宮グループの会長で毎日凄く忙しそうですが、こうやって家族の為に少しでも時間を作ってくれる優しいお父様です。


「静華。香織をめかし込むんだったら、私も呼んで欲しかったわ」


「奥様申し訳ございません。奥様もご用意があると思いまして、お呼び致しませんでした。」


母の桜ノ宮 栞さくらのみや しおり、お淑やかで体はあまり強くないですが、凄く活動的で、何でもかんでもやってみようとします。

そのせいで私が被害に遭うこともしばしば……


「わぁ、おねえさまスゴくキレイです!」


可愛い声が聞こえたので、そちらを振り向くと、綺麗な金髪の、くりっとした目をした天使がいました。

天使の正体は、弟の 桜ノ宮 奏多さくらのみや かなたで今年から小学生になります。


「かな君もとっても可愛いですよ!」


「おねえさま。ボクは男だから可愛いなんて言わないでよ」


かな君はそう言ってむくれてしまいますが、怒った姿も可愛いです。


「すみません。かな君はカッコいい男の子ですものね。」


「おねえさまもキレイだよ」


「ありがとうございます。かな君、いつものようにぎゅっとしてもいいですか?」


「いいけど、少しはずかしいよ」


声に出したら、また怒られちゃいますが、恥じらうかな君も可愛いです。

ぎゅっと抱き締めるとすごく癒されます……


「香織お嬢様、奏多お坊ちゃま、服に皺が寄ってしまうのでそれぐらいでお止め下さい」

「皆様お揃いのようですね。

すでに車を手配していますので、ローターリーへお集まり頂けますでしょうか」


特徴的なハリトンボイスで、私達を案内するのは、静華の父親である天宮 徹也あまみや てつやで、使用人達のトップであり基本的にお母様に付いてることが多いです。

後もう一人、静華には雅人まさとと言う兄がいますが、この場にいないので、恐らく車で待機しているのかと思います。


ローターリーに着くと、予想通り雅人さんが運転席側に立っており、私達に気付くと恭しく一礼をし、ドアマンの様にもてなしてくれます。


「では、出発致します」


号令と共に出発し、肌寒い空の下を車が走り出します。

暫くすると、徹也さんが何でもないように、私達に向けて報告をします。


「本日は急遽、九条くじょう家の皆様ともご一緒にディナーをする事になりましたので、ご承知お願い致します。」


「えっ、桃花ももかちゃんと一緒なんですか!?」


「はい。九条家の皆様が来られます。」


「でも、今週はギリシャに行くって言ってましたが……」


先週、桃花ちゃんと話したことを思い出していると、

お父様が微笑みながら、徹也さんの後に続きます


「ああ、昨日こっちに帰ってきたらしいよ。

それで、とおるのやつと娘達の合格祝いを一緒にやろうと急遽セッティングしたんだよ」


「まあ、そうだったのですのね。事前に教えていただいても良かったのに……」


「香織が今週、桃花ちゃんに会えてなくて凹んでるって聞いたから、会えたら喜ぶと思って、サプライズにしといたんだ」


「もう、いじわるですね。

でもありがとうございます。お父様。」


サプライズで少々驚きはしましたが、親友の桃花ちゃんが来ると知ってディナーがより一層楽しみになりました。


暫くするとホテルに到着し、お兄様にエスコートされながら館内へ入ります。


「香織! 久し振りね」


聞き慣れた声がすると、そこには濡羽色の長い髪をした綺麗な女の子が立っていました。


「桃花ちゃん。お久しぶりです!」


私達が再会を喜び合っていると、眼鏡をかけた優しそうな男性と、桃花ちゃんと同じ濡羽色の髪を靡かせた女性が可愛い女の子と手を繋ぎこちらへ歩いてきましたので、慌てて姿勢を正して挨拶をします。


「透おじ様。英里えりおば様。あかねちゃん。

こ無沙汰しております。昨日までギリシャに居られたとお聞きしていますが、時差による体調などは大丈夫でしょうか?」


「相変わらず香織ちゃんは丁寧だね。時差ボケは茜以外大丈夫かな。

そうそう、高校合格おめでとう。」

「受験で暫く見ない内に、凄く綺麗になって!

もう高校生にもなるし一人前のレディね! 」

「香織おねえさま。合格おめでとうございます。

ちょっとふらふらしますが大丈夫です。」


「ありがとうございます。時差の影響が少なくて良かったです。」

「英里おば様。ありがとうございます。静華に少し化粧をしてもらいました。」

「茜ちゃん大丈夫ですか? しんどくなったら、すぐに言って下さいね。」


挨拶を終えると、桃花ちゃんも両親との挨拶も済ませたらしく、こちらに寄ってきて「今日の香織。大人っぽくて素敵ね」と言ってくれたので、

私も「桃花ちゃんこそ凄くキレイです!」と返しました。


一通り挨拶を済ませた後、ディナーへと移り、お互いの近況報告を行います。


「香織ちゃん。うちの娘とまた同じ学校だけど、よろしく頼むね」


透おじ様から桃花ちゃんの事をお願いされましたが、私の方が桃花ちゃんにお世話になっている気がします……


つかさ君も、先輩として、うちの娘をよろしく頼むね」


「はい。勿論です。

そうだ、桃花も香織も生徒会に興味はないかな?

学校行事を盛り上げようとして、人手が足りてないんだ」


「お兄様の助けになるのでしたら、喜んで手伝います」

「司さんにはお世話になっていますし、私も喜んでお手伝い致します」


「二人ともありがとう。頼りにしてるね。」


「そうか、司君は生徒会長だったね。

伊織は優秀な跡継ぎがいて羨ましいよ」


「透、お前にも桃花ちゃんが居るじゃないか」


「ああ、桃花も優秀なんだけど、嫁に行ってしまうからなぁ……」


透おじ様は、お兄様と桃花ちゃんが楽しそうに話しているのを横目に呟いて、少し寂しそうでした。


「桃花。ギリシャはどうだった?」


「そうですね、初日は有名なパルテノン神殿に行ってきました。

アテネの丘にそびえ立つ白い神殿は神秘的で凄く素敵でした。

後は新アクロポリス博物館やメテオラ修道院などに行ってきました。」


「パルテノン神殿は一度良いから見に行きたいね。

メテオラ修道院は世界的にも珍しい複合遺産だし、しかも天空の城と呼ばれるぐらいだから、一見の価値はあるんだろうなぁ……

夏休みの時でも行ってみようかな」


「司さん! ギリシャに行く時、一緒について行ってもよろしいでしょうか?

あっ…いや、現地で案内出来る人が良いと思いますので……」


「そうだね。桃花と一緒に行ったら面白そうだ」


お兄様と桃花ちゃんが良い雰囲気です。

昔から桃花ちゃんはお兄様の事が大好きですが、お兄様は桃花ちゃんの事を妹のように思ってるので中々進展しないのです……


「そうだ、桃花ちゃん。私ね、今日からゲームを始めたんですよ」


「ゲーム?」


「そうです。ユーディストオンラインって言うゲームです。

桃花ちゃん。今時のゲームってピコピコするのでは無くて、仮想世界で体を動かして、モンスターを倒したり、食事をしたりするんだよ!」


「ピコピコって……あなた、いつの時代の人なのよ……」

「でも、香織がゲームって珍しい組み合わせね」


「合格発表があった後に、お兄様から勧めていただきました。」


「えっ、司さんが勧めたの?」


「そうです!」


「司さんもそのゲームやってるの?」


「うーん分かりません。ですが、私がゲームを始める前に色々教えてくれたのでプレイしてると思います。

ちょっと聞いてみますね……」


「お兄様ってユーディストオンラインをプレイしているのでしょうか?」


「もちろん。リリース開始からやってるよ」


「えっ、ベテランプレイヤーじゃないですか!?

なぜ、もっと早く教えくれなかったのですか!」


「だって香織、受験生だったよね?」


「あっ、そうでした……」

「ともかくお兄様はユーディストオンラインをやっているって事ですね!」


お兄様はコクりと頷いたので、すぐに桃花ちゃんに報告し、桃花ちゃんもユーディストオンラインを始めてくれる様に誘導します。


「お兄様はユーディストオンラインされてるそうです。

リリース開始からのベテランプレイヤーらしく、桃花ちゃんも今すぐ始めると、お兄様が手取り足取り教えてくれるかも知れませんよ」


「じゃ、じゃあ、私もやってみようかな?」

「香織もやってるし、楽しそうと思っただけだからね!」


お兄様の事を好きだとバレない様に、取って付けたような言い訳をする桃花ちゃんが可愛い過ぎます……


「桃花ちゃんも一緒にゲーム出来るんですね。

嬉しいです!」


こうして桃花ちゃんをゲームに勧誘することが出来て、満足していると、いい時間になってきました。


「そろそろいい時間だね。お開きにしようか」


お父様がそう言うと、各々別れの挨拶をします。


「英里ちゃん。また今度お茶しましょうね。絶対ですよ!」


「分かったから、栞は少し落ち着きなさい。

また体調崩すわよ……」


「はーい」


お母様はいつもお淑やかですが、英里おば様が絡むと途端に幼くなってしまいます。


「透、また今度呑みに行こうか」


「ああ、時間出来たら連絡してくれ」


お父様はあまりお酒が強くないので、呑みすぎない様に後で注意しとかないと……


「桃花。また高校で」


「はい……司さん、私も香織と一緒にゲームを始めるので、よろしければ色々教えていただけないでしょうか?」


「もちろん。いつでも聞いてきてね」


「はい。ありがとうございます!」


お兄様と桃花ちゃんがお別れの挨拶をしていると、天使達が会話しているのが聞こえました。


「茜ちゃん、バイバイ」


「奏多様もおげんきで」


かな君はもちろん天使ですが、茜ちゃんも天使で、癒されます……

私が癒されていると、桃花ちゃんが少し呆れた表情でこちらに来ました。


「香織。顔緩んでるわよ。どうせまた変な事を考えてるんでしょ?」


「天使達の会話に癒されてました」


「………………まあ、深く考えないでおきましょう」

「香織またね。あと、ゲーム教えてくれてありがと」


「桃花ちゃんと一緒にプレイするのが楽しみです!

また連絡しますね。」



各々別れを済ませて、帰路に着くのでした……

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