【急募】視力0.01以下の方限定!魚を観察するアルバイト⭐︎日給1万円〜

アズー

【急募】視力0.01以下の方限定!魚を観察するアルバイト⭐︎日給一万円〜

『視力0.01以下の方限定! 観察するだけのアルバイト! 日給1万円! 月30万円も夢じゃない! 詳しくは広告をクリック⭐︎』


 なんとなしに動画サイトを見ていたらそんな馬鹿みたいに割のいい広告が出た。

 視力0.01以下限定?

 観察するだけ?

 日給1万円?

 まさかそんなうまい話があるわけない。

 広告を載せているのは、ふしぎ研究センターなんて実に馬鹿げた企業名だけど。

 ソシャゲで課金して今月カツカツだし、来月から夏休みじゃん?

 課金してるソシャゲのイベントも始まるし?

 遊ぶ金欲しいじゃん?

 金欠大学生の俺には、この広告はあまりに魅力的に映ったのだ。



 アルバイトに申し込んで一週間後、俺は例のふしぎ研究センターの元へとやってきていた。

 いくつもの電車を乗り継いでたどり着いたのは田舎も田舎。そんなクソがつきそうなほどのド田舎の、一面の緑の中にポツンとたった人工物。

 これがふしぎ研究センター。地方の免許センターみたいな見た目の、四階建ての建物だった。

 中に入って、やる気のない受付の女に名前を告げれば、とある部屋に案内された。

 これまた教習所の講義室みたいな、広くて殺風景な空間だった。

 椅子に座って、しばらく待っていると、バァンとうるさい音と共に、受付の女とは異なるまた別の女が部屋に入ってきた。


「——はぁい、佐藤さぁん。佐藤健太さんですねぇ?」


 目の前にはいかにも研究員っぽい白衣を身につけた若い女が、クリップボードを片手に俺を見ていた。

 猫みたいな大きな目に、化粧ばっちりの顔。髪の毛なんてド派手もド派手。左右で色が違う。片っ方は黒いし、もう片っ方は真っ赤。さらにその左右で違う色の髪を、左右でさらに高さ違いでお団子にして結んでいる。

 こいつ、ちゃんとした研究員じゃねえな、ってのが一発でわかる見た目の若い女だった。下手したら俺と同じか、それより若いかもしれない。

 こいつもアルバイトかな?


「はぁ、そうです」

「はぁい、年齢は20歳。学生の方でいらっしゃいますねぇ? 今日はアルバイトのお申し込みぃありがとうございますぅ」


 そう言って袖の余る白衣の裾を揺らしながら、赤黒お団子女はクリップボードに何かを書き込んでいく。


「で、まずは、視力検査からしますねぇ。眼鏡には度が入ってますぅ?」

「見りゃ分かるでしょ」


 ガキの頃からスマホ漬けだった俺の目ん玉は限界突破ギリギリで、いわゆる強度近視ってやつだ。病的な近視なもんで、そんな目玉に合わせた眼鏡の屈折率といやあすごいもん。眼鏡を装着した俺の目玉は本来の俺の二分の一のサイズに屈折して見えたのだった。


「あはは、そうですねぇ。じゃあ、眼鏡を外して、ここに入れてくださぁい。荷物もお預かりしますぅ」

「ここで外すんすか?」

「はぁい、荷物と眼鏡はアルバイトが終わるまで回収させてもらいまぁす。ではぁ、こちらに移動してくださぁい」


 二色お団子女が差し出してきた四角い板の上に眼鏡を置きリュックサックを渡すと、女は俺の視界が最低最悪になってることも忘れた様子で部屋を出る。

 視力0.01以下の世界ってのは、本当にひどいもんで。眼鏡を外せばクリアだった世界の輪郭がそれはもう滲んではっきりと捉えることができなくなる。慌てて女の背中を追いかけたもんだから、椅子をひっくり返してしまった。

 でも、このお団子女の髪の色がド派手で助かった。まるで水中で目を開けた時みたいに最悪な世界でも、女の赤と黒のツートンカラーは激しく自己主張をしてくれている。


「ではぁ、列について、検査をお待ちくださぁい」


 お、あんな変なバイトに応募するやつなんて俺くらいかと思ってたが、意外と人いるじゃん。

 目が悪すぎてどんな連中がいるんだか分からないが。ざっと20人はいるか?

 女のいうままに列につき、俺は検査の順番が来るのを待っていた。


「いやあ、ほんと、こんな割のいいバイトがあっていいんですかねぇ」

「観察するだけでしょ? なんで視力検査までするんだか分からないけど」


 ずらっと視力検査を待つ列の中で楽しげな声が聞こえてくる。皆、こんな割のいい仕事があるかって弾んだ調子で喋っている。

 それから、眼科でよく受けるような視力検査を一通り受けた後、またあのお団子女がやってきて、簡単なアルバイトの説明をしてくれた。


「これからぁ、皆さんにはあるお魚を観察してもらいますぅ。水槽に入ったお魚ですぅ。床に貼ったテープのラインに足をそろえて、適切な距離で観察してもらいましてぇ、観察内容を日誌に書いてもらいますぅ。貴重なお魚ですのでぇ、厳重に守られていますぅ」


 貴重な魚の観察日記をつけるだけ。それだけで1万。

 変なアルバイトだと思ったが、まあ、でも、もうここまできた以上、後戻りはできない。

 俺は金が欲しかった。

 それからお団子女が一人、また一人と、視力検査を受けた部屋から連れ出して行き、そして最後に残った俺に声がかかる。


「佐藤さぁん。佐藤健太さぁん。ついてきてくださぁい」


 俺はお団子女の後に続き、人気のない、嫌に静かな廊下をずっと真っ直ぐ進み、そして突き当たりにある部屋の前まで案内された。その貴重なお魚というだけあって、視力の悪い俺が見ても重厚さが伝わってくる分厚いドアに守られた部屋だった。


「ではぁ、こちらのノートとペンを持って、部屋に入ってくださぁい」


 お団子女がドアを開ける。部屋の中は真っ暗だ。


「電気はドアが閉まると同時につきまぁす」


 真っ暗な部屋に一抹の不安を覚えながらも、俺は1万円のために部屋に入った。

 その部屋に入ると、お団子女がサッとドアを閉める。がちゃんと鍵の閉まる音がして、パッと部屋に電気がついた。

 部屋には水槽と思しき四角いものが奥の壁際にあり、床にはラインが引かれていた。なるほど、このラインに爪先を揃えて、水槽の中を観察すれば良いんだな。ラインの側には立ったまま使える小さいテーブルもある。

 俺はラインに爪先を揃え、水槽を観察した。

 水槽は一般的なサイズに思えた。コポコポと空気を送り込む音がしている。水槽の中は殺風景で、砂利とか水草とか、魚が隠れるための手頃な岩の姿もない。ただ水とエアーポンプだけがあるようだった。まあ、詳細はさっぱり分からないんだけどな。

 そんな殺風景な水槽の中を漂うシルエット。

 これが貴重な魚らしい。こっちも詳細はさっぱりだ。ギラギラとしたメタリックな輝きをしていることはわかった。メタリックグリーンと、メタリックパープル。変な色合いだが、熱帯魚とかには変なネオンカラーの魚もいたし、多分、そういう南国の魚なんだろう。浮きも沈みも泳ぎもしない、微動だにしない魚。

 俺は見たままをノートに記していった。これだけ視力が悪いと文字を書くのも一苦労だ。

 一通り観察にもならない観察記録をノートに記すと、不意に電気が消える。

 何事かと思えば、ドアが開き「佐藤さぁん、もう十分ですぅ」とお団子女の声が降りかかる。


「魚の観察って、魚っていうのかどうかもさっぱり分からなかったぞ」

「いいんですぅ。ちゃんとテープの上に爪先を揃えてましたよねぇ? ちゃんと見てますからぁ」

「監視カメラとか付いてんの?」

「はぁい。適切な距離で観察してるかの確認ですぅ」

「フゥン」

「では、個室でお待ちくださぁい。観察記録の確認が終わるまでぇ、個室でお時間過ごしてくださぁい」


 観察ノートをお団子女に渡した後、案内された先は狭い個室。


「なんか病室みたいだなぁ」


 簡素なベッドに机だけがあるその部屋のベッドに腰掛けた俺はお団子女がやってくるのをずっと待っていた。時間にして1時間ほどだろうか。静かな病室みたいな個室で、スマホも何も無しに待つのは苦痛だった。スマホがあればソシャゲのイベント周回もできたのにな。

 時間に圧迫されて死にそうになっていると「佐藤さぁん」と例のお団子女が個室に入ってきた。茶封筒を片手にパタパタと急ぎ足でやってくる姿は小動物みたいで可愛らしいと思った。


「佐藤さぁん、ありがとうございましたぁ。日当ですぅ」

「マジであれだけで1万も貰えるんすか」


 茶封筒の中を確かめればそこには確かに一万円札が!

 マジで1万円貰えるのかよ。


「はぁい。もし、よろしければぁ、これから30日間続けて観察日記をつけてみませんかぁ? お魚保護のため、佐藤さんには泊まり込みで観察していただくことになるんですがぁ、でも、月給30万円も夢じゃないですよぉ」

「30万……」


 俺は悩んだ。

 わけの分からないアルバイトだったし、日当1万円なんて美味しすぎる。

 でも誰かの家に強盗に行くとか、そんな闇バイトには見えなかった。


「ちゃんと観察記録をつけられた佐藤さんにだけ、特別ですよぉ」


 誰かが傷つくわけでもないし、これから夏休みだったし、気づけば俺はお団子女に向かって頷いていた。

 ぼやけた視界だったけれど、お団子女が満面の笑みを浮かべているのは雰囲気でわかった。



 毎日毎日、決まった時間に、例の魚の観察をして、それを記録する。

 退屈な時間も多かったし、正直苦痛なことも多かった。いかんせん、魚は微動だにしない。本当に生きているのかも定かじゃない。

 でも、30万だ。夏休みを捧げるだけで30万円。

 飯も出たし、部屋もあったし、退屈しのぎのための本とか新聞とかは貰えたし、正直これだけで30万も貰えるなんて働くのが馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。


「佐藤さん、お疲れ様でしたぁ。本日で実験終了ですぅ」


 そして30日目、俺の観察の日々は終わりを告げた。


「体調にお変わりありませんかぁ?」

「平気っすよ」

「よかったですぅ。ではぁ、こちら謝礼の15万円ですぅ」

「は?」

「来月の12日に指定の住所に来ていただきぃ、そちらで残りの15万円をお渡ししますぅ」


 お団子女は笑っていた、と思う。

 いかんせん、まだ眼鏡を返して貰えていないので、表情がはっきりと分からない。


「え! 話が違うだろ」

「お渡しの時間について指定はなかったでしょぉ? はい、15万円。お疲れ様でしたぁ」


 俺がごねる時間もなく、どこから出てきたのか屈強な男たちがやってきて、俺をセンターから放り出してしまった。眼鏡と荷物はそこでやっと返して貰えた。

 畜生、騙されたか?

 このままふしぎ研究センターに殴り込みに行ってやろうかとも思ったが、でも、15万円は確かに手元にあるし……

 茶封筒の中には、残りの15万円を受け渡す日時と場所が記された紙が入れられていた。



 そして一月後、俺は指定のファミレスへと足を運んでいた。

 指定の席には、赤と黒がド派手な色の女が座っている。

 あの時の女研究員だ。

 お団子ヘアーを解いて、今日はポニーテール。変な白衣も着ていない、私服の状態。

 こうしてみるとますます若く見える。


「佐藤さぁん、お元気そうで何よりですぅ。はい、こちら残りの15万円ですぅ」


 俺が席に着くと、女は封筒と一緒に一枚の紙を差し出してきた。


「その前にぃ、こちらのアンケートに答えていただけますかぁ? 追加で1万円お渡ししますよぉ」


 さらに金で俺を釣ろうっていうの?

 すでに受け取った15万円をソシャゲの闇に溶かしてしまった俺にとって、追加の1万円は魅力も魅力。すぐにアンケートを受け取り、それに答えていく。

 体調?

 悪くない。

 平均睡眠時間?

 スマホのヘルスケア記録を見て……大体7時間半と。

 視力に問題?

 なし。定期検診も受けたけど問題は何もなかった。

 悪夢?

 SSRのために天井まで課金する夢なら見たぞ。

 飛蚊症?

 問題なし。

 ほかにも緑内障とか白内障とか、なんだよ目についての質問ばっかりじゃん。俺の目ん玉は何にも変化はねえよ。

 さらには幻覚だの幻聴だの手足の痺れだの。

 まるで精神科の問診票みたいなアンケートだな。

 でも俺は追加の1万円に目が眩んでいた。疑問を抱いても構わず答えていく。


「はい、ありがとうございますぅ。ではこちら、追加の1万円と残りの謝礼ですぅ。お受け取りくださぁい」

「聞いていいっすか? あの観察ってなんだったんですか?」


 アンケートを渡すときになんとなしに訊ねてみれば、女は「佐藤さんには特別ですよぉ」と微笑みながら口を開けた。


「よく、ネット上に見たら死ぬ絵ってあるじゃないですか。死ぬまででもなくても、不幸になるとか」

「え? えぇ、そういうのあるっすね」

「見るって具体的にどういうことを指すと思います?」


 へ、見る?

 漠然としすぎて俺は言葉に詰まった。


「ただ、視線を向けることが見る、なのか」


 女はいつもの舌ったらずな言葉遣いを忘れた様子で続ける。


「それとも、その物体について脳がはっきりと認識してそこで見たことになるのか」


 そこでにぃ、と不気味に口角を釣り上げて言った。


「はたまたその物体が見られたと確信したときなのか、どこからが見るという範囲に入るか気になりません?」

「は、はぁ……それで実験のために視力0.01以下の人を集めたんです? 見る、の定義を確かめるために?」


 女は曖昧に笑うだけで答えなかった。

 ただ、最後に「佐藤さん」と俺に呼びかけてきた。


「あのアルバイト、視力0.01以下の方は貴方だけだったんですよ」


 女の言葉にゾッとして、俺は封筒をリュックに捩じ込むと、逃げるようにファミレスを出た。

 あのバイトがなんだったのかは分からない。分からなくて良かったのだろうと思う。

 ただ、もう少し、俺の視力が良かったら。

 俺はどうなっていたんだろう。

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