第10話



「今日は色々ありがとうございました。またよろしくお願いします」


「い〜え。沙良ちゃんこそお疲れ様。初日だから疲れたでしょ?ゆっくり休んでね」


着替えを済ませ2人にお礼を伝えれば、佳代子さんはニカッと笑ってくれる。けれど、それから何かを思い出したように慌てた。


「あっ、ちょっと待って!哲郎!初日だから、あんた…沙良ちゃんを表通りまで送ってやんな」


「えっ?あの…?」


送る?私を……?


哲郎さんだって仕事終わりで疲れているのに、そんなのわざわざ申し訳ない。それに表通りまでは少し距離もある。


「あの…私、1人で大丈夫ですよ?」


「いいのいいの!すぐそこまでだから。この辺りは夜の時間になるとガラ悪い奴が多くなるのよね」


「でも……」


「それに沙良ちゃんみたいな可愛い子は特に絡まれやすいし、なんかあったら大変だわ」


「いえっ。私は…絡まれたりしないと思うので大丈夫です。それにわざわざ歩いて貰うし申し訳ないです」


なんとか断ろうとするも、厨房から出てきた哲郎さんは既に出かける準備をしてしまっていた。


「なんかあったら俺が涼子さんにシメられるからな。沙良ちゃん気にすんな!よし、一緒に行くぞ」


えっ?シメる?涼子先生が?


全く想像出来なくて、頭の中で疑問符を浮かべてる間に哲郎さんに連れられて………結局、今日だけ表通りまで送ってもらうことになってしまった。



哲郎さんと並んで表通りまでの道を歩くと、段々と色々な人達の喧騒が聞こえてくる。昼間の整然とした雰囲気は消え、夜の通りはこの街独特の艶やかな空気に包まれていた。


「ほんとはさ。沙良ちゃんみたいな可愛い子は夜の繁華街は近づかないのが一番なんだが…。まぁ、働いて貰ってる以上そうも言ってらんないしな」


頭を掻きながらハハッと哲郎さんは豪快に笑う。通ってもよい道、通ってはいけない道があるみたいで、特に夜は今教えてくれた道を通るようにと言われた。


「心配してくれてありがとうございます。これからは気をつけて帰りますね」


佳代子さんも哲郎さんもすごく親切な人だ。こんな風に気遣って貰えると思っていなかったから嬉しかった。


街を彩る煌びやかなネオンの光。普段は見ることのないその街並みに目を奪われていると、哲郎さんはふと思い出したように呟いた。



「この辺りはちょっと前まで清流会が揉めてたからな 」


「……清流会?」


「ああ。繁華街も騒がしかったけど、芹澤が内紛を潰したから少しは落ち着いてくるだろう」


何の話だろう?聞いたことのない名前だけど。


「清流会って何ですか?」


「知らないか?清流会ってのはこの辺を仕切ってるっていうか、まぁ関東では一番デカイ暴力団だな」


「そう…なんですか? 」


「まぁ。沙良ちゃんみたいな子には関係ない話だから気にしなくて大丈夫だよ」


暴力団……何だか物騒な話だな。でもそうだよね。確かに私には関係ない話かも。



「あ、はい……送って頂いてありがとうございました。あの、失礼します」


そうこうしているうちに気が付けば、あっという間に私達は駅の改札口に着いていた。お礼を伝えると哲郎さんも手を振りながら帰っていった。

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