第5話
数週間前の出来事に想いを馳せながら、迎えてくれた先生に促されて助手席側の扉を開ける。桜の葉園に向かう車内、穏やかに会話を交わしいると、差し掛かった幾つめかの赤信号を待つ間、先生は躊躇いがちに問い掛けた。
「宮内さん達。今日は何か最後に言ってた?」
表情の暗い涼子先生に気に病んでほしくなくて、何もなかったように笑う。
「宮内さんは…すまなかったと言ってくれました」
けど……笑顔で伝えたはずなのに涼子先生の悲しそうな表情は変わらない。
「沙良ちゃん、今回のこと本当に申し訳なかったわ。宮内さんとの養子縁組がこんな結果になるなんて。紹介した者として、園の責任者として謝罪するわ」
私に向かって頭を下げる先生。涼子先生は何も悪くない。未来なんて誰にも分からない。だから、顔を上げてくれるように懸命に言葉を繫げた。
「…っ先生…。頭を上げて下さい。先生が謝らなければいけないことなんて、何ひとつありません。それに…宮内さん達との暮らし全てが辛かったわけではありませんから」
そう……確かに幸せだった時間もあったのだから。お互いを想い合って、笑い合って。それが幻だったとしても、その時の私は幸せだったのだから。
「…幸せ…でした」
「沙良ちゃん…」
「先生。宮内さん達を紹介してくれて、ありがとうございました」
信じて欲しくて精一杯の笑顔を向けてお礼を伝える。先生は悪くない。むしろ感謝している。先生のおかげで宮内さん達に出会えたから。
だけど、そんな私を見つめ、先生は悲しそうに微笑むだけだった。
「よし!じゃあ…改めてまして沙良ちゃん!今日からよろしくね!」
「はい。こちらこそお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
雰囲気を変えて明るい笑顔に切り替えた先生に私も微笑み返す。
「ふふ。 園に帰ったら沙良ちゃんの歓迎会だからね。みんな本当に沙良ちゃんが来るの楽しみに待ってるのよ?」
「…っ、ありがとうございます」
私なんかの為に申し訳ない。
「桜の葉園には、沙良ちゃんが好きなだけいていいからね」
「…はい。ありがとうございます」
こんな風に言って貰えて嬉しいはずなのに、涼子先生の言葉に曖昧に笑って頷くことしかできなかった。
きっとずっとはいられない。
だけど、それでも……
みんなの笑顔と涼子先生の優しさに応えたい。必要とされなくなるその時まで、皆の役に立ちたい。
………こうして、桜の葉園での新しい生活が始まった。
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