第4話
家を出て、大きくも小さくもない鞄を持ち、駅までの道を歩いていると、車のクラクションと共に見知った声に呼び止められた。
「沙良ちゃん!」
梅雨明けの本格的な夏の始まりを予感させる強い日差しの中、運転席の窓から顔を出したのは穏やかな笑顔を浮かべた女性だった。
「…涼子先生?」
50代後半には見えない若々しく品がある綺麗な人…有須川涼子先生は、宮内夫妻に引き取られるまでの2年間を過ごした児童養護施設「桜の葉園」の園長だ。
「どうしたんですか?」
「今日からまた一緒に暮らすんだもの。沙良ちゃんを迎えに来たのよ 」
「そんな……わざわざすいません」
──… 1カ月前
養子縁組を解消したいと園長あてにも宮内夫妻から連絡があった。
17歳で高校2年生である私は義務教育は終えている。だから宮内家を出た後は学校を辞めて働きいて、1人で自活するつもりだった。
でも、それを涼子先生は断固反対した。園に戻り、一緒に暮らそうと何度も申し出てくれた。
「職員の人手が足りないの。他の子供たちの面倒を一緒に見て貰えたら助かるわ」
迷惑を掛けたくないことと、義務教育を終えた身でまた園に戻ることの申し訳なさに最初は断り続けたけど、なんの貯えもなかった私にとって、正直、涼子先生の申し出は有難かった。
お小遣いとよばれるものは与えられなくて、アルバイトもさせて貰えなかったから。どうするべきかすごく迷ったけど、こんな私でも役に立てるなら………そう思って、また桜の葉園に戻ることを決めた。
「さっ、乗って乗って。みんな沙良ちゃんが来るのを今か今かって待ってるわよ!」
「ありがとうございます」
宮内夫妻に引き取られてからも、年に一度は涼子先生と近況報告を兼ねて面談をしていた。
幸せだった最初の2年は、偽りのない笑顔で当時の状況を報告できたと思う。でも、その後はどうだったんだろう。ちゃんと笑っているつもりだったけど、先生の目にはどう写っていたのだろう。
存在を否定されて、家族にいないものとされ始めた1年前。たまたま面談後に園に行き、小さな子供達と遊ぶ私に涼子先生は言ってくれた。
「沙良ちゃんに暇な時間があれば、みんなと一緒に遊んでくれると助かるわ」
それから約半年間、家に居づらかった私はよく桜の葉園に顔を出すようになっていた。
園に顔を出せば喜んでくれる幼い子供たち。鬼ごっこをしたり、ままごとやお絵描きをしたり、みんな喜んでくれた。だから、涼子先生の言葉に甘えてみんなの役に立ちたいと思った。
……でも、本当は怖い。
今は必要としてくれるけど、また捨てられるんじゃないかって。もう当たり前に幸せな日常が自分にあるなんて、信じることはできなくて。
誰かを信じることは怖かった。
永遠に私のそばにいてくれる人は、もうきっといないから。
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