第3話

生まれた頃の美希は身体が弱く、病院に通うことが度々あった。数時間おきの授乳、夜泣き、病院への通院。慣れない育児に戸惑う母は、少しずつ疲弊していった。


「お母さん。私に何か出来ることはない?何でもするよ?」


次第に私に笑顔を向けなくなった母。負担が少しでも減ればと、美希をあやし、家事も代わりに沢山こなした。


でも、母が私に笑いかけてくれることはもうなかった。





「美希に触らないでっ!」


それがきっと終わりの言葉だったのだろう。


美希と遊んでいただけの私に母は怒鳴りつけた。美希を抱き上げ、私を睨み付ける母。


「お母さん?どうしたの?美希とは遊んでただけで、私は別になにも…」


「いいから触らないでっ!」


育児ノイローゼ気味の母は、美希が1歳になる頃から少しずつストレスを私に向けるようになり、美希を遠ざけるようになった。



「お母さん。どうして…?」


これまでの幸せが崩れたきっかけは、美希の誕生だったかもしれない。だけど、日々成長していく無垢で純粋で可愛らしい存在の妹を憎んだりなんかしない。


母の態度に傷つくことはあっても、美希を邪険に扱ったことは一度だってないのに。


「あまりお母さんにストレスを掛けないでやってくれ」


私にきつくあたる母を知っていたはずの父は傍観するだけで、母を咎めることはしなかった。


「貴方がいるだけでイライラするっ!もう私達にかまわないでっ!」


母と妹に何かしたいという思いはなんの意味もなかった。ただ、私という存在が彼女を苦しめているだけ。そう気付いたあの日から……家族のなかで私の存在は無いものになっていった。




そして、1カ月前──…


私の存在が無くなってから1年が経つ頃、父と母に告げられた。養子を解消したいと。


幸せだった日常は夢だったのか。それとも幻だったのだろうか。





「じゃあ、元気で…」


「はい。お父さ…… 。いえ、宮内さん達もお元気で」


言いかけた言葉を呑み込み、すぐに言い直す。もう父じゃない。私達は他人になってしまったのだから。


最後の言葉を交わし扉を開けると、晴天の空には輝く太陽が強い光を放っていた。眩しすぎるその光は影を落とす。


一歩二歩と歩みを進める途中、これが最後と思い、静かに歩みを止めた。振り返った先には、5年過ごした何よりも大切な家がある。


この場所は私にとって家族の象徴だった。


これまでの日々が走馬灯のように駆け巡っていく。仲睦まじく笑い合う父と母と美希の姿。それは幻でも偽りでもない、私では手に入れることが出来なかった本当の家族の姿。


私の名を呼び優しく微笑む母も、無邪気に笑う美希も、そんな私達を温かな目で見つめる父も。もう二度と会うことはないのだと……全ての想いを胸にしまい、歩き出した。




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