第2話


10歳までの記憶は曖昧だった。


本当の母親はある日突然いなくなり、母子家庭として暮らしていた私は10歳の時に児童養護施設に引き取られ、そこで2年間過ごした。


そして、12歳の春。遠い親戚にあたる宮内夫妻に引き取られた。



沙良さらちゃん。私達の家族になってほしい」


優しくて、いつも笑顔の夫婦だった。結婚後10年経っても子供に恵まれなかった二人は、遠縁の子供である私の存在を知って、引き取りたいと申し出てくれた。そして、一緒に家族になろうと何度も笑いかけてくれた。


家族。


それは、親から愛情をもらえず、捨てられた私にとって救いの言葉だった。


庭付き一戸建て。温かい料理に温かいベッドと布団。食卓を囲む家族の笑顔。向けられるのは、軽蔑の目や罵声ではなく、やさしい言葉と思いやりのある行動ばかりで……幸せだった。2人は私を必要とし、愛してくれたから。




だから、幸せをくれた二人の為には出来ることは何でもしようと誓った。


家事手伝いはもちろんのこと、必死に勉強もした。引き取ってよかったって、少しでも喜んでくれるように、毎日毎日沢山の問題を解き、何度も何度も教科書を繰り返し読んだ。


私の為に進学させてくれた私立の中高一貫の女子校。


学校では良い成績が残せるよう真面目に授業を受け、優等生になれるよう努力した。


引き取られる前は、実の母親の勤務先のせいなのか『水商売の子供』と揶揄されたり、施設育ちという理由で皆に嫌煙されて友人は出来なかったけど、この学校ではそれなりに友人を作ることも出来た。



学校に行き帰宅をすれば、母が待っていてくれる。台所に一緒に並び夕飯の手伝いをする。父の帰りを待ち、家族みんなで食卓を囲む。


ありきたりな日常だったのかもしれない。そんなのは普通だって言うのかもしれない。


だけど、ありきたりな日常を知らなかった私にとって、そんな生活は何よりも変えがたくて、嬉しくて幸せな日々だった。


そんな日常がずっと続いて欲しいと願っていた。ずっとずっと、続くと思っていた。


でも、幸せな日常は簡単に壊れていく。


ありきたりな日常や幸せな日々を過ごすことは、何よりも難しいことなんだと知った。




「子供が出来ても、沙良が私達の家族であることに変わりはないわ。これからは4人で一緒に幸せになりましょう」


幸せの終わりを迎えたのは一緒に住み始めて2年目の同じ春。 結婚10年を過ぎた宮内夫妻に待望の子供が誕生した。


生まれてくれた新しい命。名前は美希。 母、美咲の名前を一文字継いだ、母に良く似た可愛らしい女の子。


少しずつ、少しずつ……母は私に笑い掛けなくなっていった。





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