Stay with me

藍方サキ

終わりと始まり

第1話


ただ誰かに必要とされたかった。


ただ誰かに笑顔を向けて欲しくて、私の願いはただそれだけだったのに……


どうしてだろう。


どうして、誰かに愛されることはこんなにも難しいのだろう。






都心から少し離れた閑静な住宅街。一般的な中流家庭が暮らすような一軒家の一室。


必要最低限の物を詰めていた鞄を手に取り、すでに片付けられた自分の部屋を見渡す。元から荷物は少なく、いつも整理していた部屋だから、荷造りは昨日までに簡単に終えていた。


自分の気持ちもこの部屋のように昨日までに整理をつけたはずなのに……部屋を出る為の一歩は机の前で止まってしまう。未練がましくも机の上に飾られた1枚の家族写真に目を留めた。


笑顔で並ぶ4人は昨日まで家族だった人達。父、母、私、そして生まれたばかりの幼い妹。それは幸せだった頃の、もう取り戻すことの出来ない大切な思い出の写真だった。


「さようなら」


手に取った写真立てを鞄に入れることはない。開け放たれた窓から眩しい日差しが差し込むと、終わりを告げる風がカーテンの裾を揺らす。殺風景な部屋に呟いた別れの言葉だけが虚しく響いた。


そっとカーテンの裾を直し、最後に窓を閉める。写真立てを伏せて、思い出は全て置いて、

5年間暮らした部屋を出た。





「やっと来たか」


階段を降りるとリビングからは、いつものように楽しそうな笑い声が聞こえた。3歳になったばかりの幼い妹が楽しそうにぬいぐるみで遊んでいて、母と父がそれを優しい眼差しで見守っている。


自分を必要としない見慣れた光景。仲睦ましい家族の姿を視界に入れながらリビングの扉を開けた。


「お世話になりました」


私の声は確かに響いたはずなのに、その声に反応する者はいない。


頭を深く下げた私にやはり母は一瞥することさえしなかった。これが最後の会話になると思うと、もう痛むことはないと思った胸にまた痛みが広がる。


「バイバイ」


唯一何も知らない妹だけは頭を下げた私を不思議そうに見つめてくれた。純真無垢な可愛い妹。ありがとね……そう心の中でとそっと囁き、微笑んでから小さく手を振った。



「離縁の手続きについてはこの前話した通りだ。昨日全て終わっているが、もし他に手続きが必要になれば再度、有須川さんに連絡する」


いつものように傍観するだけの父は今日も終始その様子を見ているだけ。立ち上がった父はそのまま無言で玄関に向かい、靴を履き終えた私を見ると事務的な説明を淡々と終えた。


「分かりました。あの…」


「…何だ?」


説明に頷いたはずなのに言葉を続ける私に、父は怪訝な表情を向ける。もう今更縋り付いたりなんかしない。でも、これだけは伝えたかった。


「今までありがとうございました。身寄りのない私を引き取って養ってくれて感謝しています。5年間お世話になりました」


予想外の言葉に驚いたのか、無表情に近かった顔を少しだけ崩し、父は罰が悪そうに言う。


「……いや。こんな結果になってしまって、その…すまなかったな」


「いえ」


「じゃあ、元気で…」


「はい。お父さ…。いえ、宮内さん達もお元気で」




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