第28話
……。
ジ…………。
ジジッ……………。
ザッ!!
ボロアパートを包囲した屈強な傭兵。
スナイパーも不法侵入した隣家の窓から男を狙っていた。狙われてる男は、風呂上がりらしく、下着姿のまま扇風機前で棒アイスを食べていた。
『配置完了しました。いつでもいけます』
「分かった。確実に殺れ。奴の首を持ってこい!」
『はい』
ドカァッッ!!
ドアを蹴破ると同時、狭い部屋に武装した兵が統率のとれた動きでぞろぞろ入ってきた。
「………」
男がいない?
古い扇風機が、カタカタカタカタ健気に風を送り続けていた。
その時。
突然、声がーーーー。
「あのバカに何か用っすか?」
「っ!?」
反射的に振り返り、銃を構えるがやはり誰もいない。
「ぐっ!……い…びゅっ」
何かが首に刺さったと分かったのは、死ぬ間際。血を噴き出す首を押さえる。
朦朧とした意識の中、傭兵は走馬灯を見た。
「……………」
昔。この傭兵は、ダイヤ10個でジャングルの奥地に住んでいた少数部族を女子供問わず皆殺しにした。その時、人生で一度だけ体が震えたことがあった。
仕事を完了し、帰ろうとした男の背中に鈍い痛みが走る。見ると、五歳にも満たない幼女が、錆びたナイフで背中を刺していた。今まで母親の死体の下に隠れていたんだろう。
逃げることもせず、ずっと睨んできた。その目。目の奥。凍るほど冷たい。何百年も生きた魔女のようだった。
「ってか、お前ら弱っわ! キャハハハハハ!!!!」
重なる死体。彼以外の傭兵四人の胸には共通の穴があき、全員即死していた。幼い魔女が、笑いながらお手玉のように四つの心臓をクルクルと両手で回転させている。
「次は、あそこかにゃ? 殺気くらい消せよなぁ、ド素人がよぉ」
少女の細足に頭を踏まれた男は、血と小便を垂れ流しながら、凍るほど震え、絶命した。
窓からスコープでこの惨劇を見ていたスナイパーは、正確にこちらを見つめ、笑顔で手を振る少女に気付き、慌てて逃げる準備を始めた。
「冗談じゃねぇ!! あんな化け物がいるなんて、聞いてねぇぞ!!」
ギィィィィ………。
「うそ……だ…ろ? さっきまで、そこにいたのに……。たっ、たた、頼む! 助けてくれ!!」
「お前みたいな歯糞は、命乞いする資格ないよ。バーーーーカ」
「こっの!」
ズバババババババババッッ!!!!
マシンガンの爆音で部屋が震える。
ただ、なぜか目の前の少女にはかすりもしない。
落ちた薬莢を拾って近づく小さな悪魔は笑いながら、
「近所迷惑だろうが。 この、バカちん」
……………………………。
……………………。
……………。
十分前から傭兵達からの連絡がない。
「何やってるっ! クソ。お前達にいくら使ったと思ってる」
目の前から、少女が歩いてくる。明らかに傭兵から奪ったであろう大きなサングラスをかけていた。
「これくらいで良い気になるな!! こっちも手ぶらじゃ帰れねぇんだよ」
殺し屋を始めた時から愛用しているナイフを全力で少女に投げた。これ以上ないタイミング。避けきれる距離じゃない。
それなのにーーーー。
パシィィッ!!!
簡単に、指の間でナイフを止められた。
「ハ…ハ………………。はぁ~~。イライラするなぁ……。やっぱ、化け物には勝てないか………。先輩。どうして、殺し屋を辞めたんです? 卯月先輩もあなたも勝手過ぎる。しかも今は、あの呪われた一族。神華のメイドをやってるんでしょ? 四鬼神とまで恐れられたあなた達が、何を呑気に掃除や皿洗いしてんだよ」
「………………最近になってさぁ、やっと良い夢を見れてるんだよねぇ。今まで悪夢しか知らなかった。卯月も同じだと思う。メイド服は死ぬほど嫌なんだけど、アイツのメイドをやるのは嫌じゃない。ちなみにさぁ、私も卯月も掃除や皿洗いなんかしないよ? あっ!料理もね。 そんな雑用、お嬢一人で十分だし」
「…………あの結婚式の事件以来、有名人になってしまった彼の命を狙っているのは、僕達だけではないですよ? 神華の血を継ぐ、遠い親戚の叔父や叔母。産まれた赤ん坊まで彼のことを殺したがってる。大袈裟ではなく、後継者争いは戦争です。先輩…………。あなたは、最後まで彼を守りきれますか?」
「もっちろん!! 私を誰だと思ってるねん」
「どうして……そこまで彼の為に命を賭けるんですか? 僕には理解出来ない……」
「アイツさぁ、私の体の傷を見て泣いたんだよ。これ以上、もう無理するなって、ワンワン泣いちゃって。ホント、笑っちゃうよな? ……でも…その涙見たらさ……なぜか私まで泣けてきて………。あのバカは、誰が見ても神華に相応しくない人間だよ。でもだからこそ! お嬢や私や卯月は、アイツを神華の王にしたい。そして、全部ぶっ壊してもらいたいんだ」
少女は、それ以上何も言わず、何もしないで姿を消した。
………………………………。
………………………。
………………。
「分かってる。失敗の責任はとる」
落ちたナイフをゆっくり拾うと自分の胸に躊躇なく突き刺した。仰向けになる。手を伸ばせば、掴めそうな真っ赤な太陽。その眩しさがひどく懐かしく。視界がぼやけた…………。
ーーーーーーーーーーーーーー
アイツが、アパートの前で私を待っていた。
「だ、だだ、大丈夫? 隠れてた風呂場から出て、き、きき、きたら、部屋中、ち、ち、血だらけだし。し、死体、死体、死体だらけ」
「………お前こそ、大丈夫かよ。落ち着けって。敵は殲滅したから、今は安全。今だけなっ!」
「あの………俺を助けてくれるのは、スゴくありがたいんだけどさ……。無茶するなよ? 俺なんかの命より自分を大事にしろ」
「…………う…ん…」
ゴッ!!
「ぃ、痛って! なんですぐ殴るんだよ。暴力、良くないって」
「甘口が過ぎんだよ! バーーーーカ」
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