第50話
私は、いつものようにナオの家経由で帰宅するとすぐにパジャマに着替え、ベッドに飛び込んだ。チンタラしていると寝る時間が、なくなっちゃう。
「……う~ん………………う~。はぁ…………………」
寝る時が、一番怖い。
夜が…この広い部屋が……一人が……怖い。怖くて怖くて、私はいつものように体を震わせ、涙を流した。
世界に一人だけ。取り残されたような気分。
このまま眠り続けて、夢から覚めなかったら?
そんなくだらないことを真剣に考えてしまう。さっき、ナオにくっついて一緒に寝た時は、不安など一切感じなかった。むしろ、安心していたし。
やっぱり、私はナオのことが好きなんだ。改めて、そう思う。
ナオは。
私のこと……好きではないよね。
それは、分かってる。私だけの片想いだってことはさ。
でも、いつか! 必ず、私に振り向かせてみせる。
絶対にっ!!
覚悟しとけよ、ナオ。
「……………」
やっと眠くなってきた……。
闇人形が、クスクス笑ってる……。
………………。
…………。
………。
声。
これは、ママの声だ。
私は、眠い目をどうにかこじ開けた。
目を開けたのに、この部屋は暗くて。
とても寒かった。
『ナナちゃん……。お願いだから。お薬飲んでちょうだい』
『ヤダッ!! 苦いもん』
『お薬飲まないと、この部屋から出れないのよ。それでもいいの?』
『いいもん。ずっとこの部屋にいる!』
ママは、悲しそうにうつむくと部屋を出ていった。
ねぇ、ママ。
どうして、私はこの部屋から出ちゃダメなの?
どうして、私は鎖で繋がれているの?
どうして……。どうして……。
私は、一人なの?
う~ん。……体が、重い。それに臭いなぁ。伸びた髪の毛で、前が見えない。
「……ぐギィ………」
あれれ?
わたしって、こんなに大きかったっけ?
髪の毛だけじゃなくて、全身毛むくじゃらだし。
なんで? なんで?
ねぇ、ママ。
ワタシーーー
『 人間じゃないの? 』
ギィィィィ……。
ガッッ、シャン!!
あっ。ママだ!
やったぁ!! ご飯の時間。
もうお腹ペコペコ。
「ナナちゃん。お腹すいたでしょ? はい、どうぞ。 ゆっくり、食べなさいね。……大事な……命……なんだから」
ママは、私の目の前にご飯を置いた。
鼻を近づける。
はぁ……。はぁ……。ぁあ……美味しそうな匂い。はぁ……。この匂い。好きぃぃ!
「…………ぅ…」
あれ? ご飯は、まだ眠っているみたい。
「ぅ……ん?……。いっ!? えっ、 何? 何? んっ!!」
あっ。目を覚ました。寝てた方が静かで良かったのに。
私を見て、何かを叫んでる。
あ~、うるさい。
うるさい、ご飯だなぁ。
ゴキュッ。
ふぅ……。やっと静かになった。首を折るのが一番速い食べ方。
ねぇ、あなた。ご飯食べる時は、静かにしなくちゃダメなんだよ?
食事中、珍しくママがずっと私を見ていた。
「ナナちゃん。ママと一緒にパパのところに行かない? この生活もそろそろ限界だし。ママも少し疲れちゃったな……」
ママ……泣いてるの?
パパは、天国にいるんでしょ?
目の前のママの影が、大きく、黒くなっていく。ママだけど、今はもうママじゃない。
私の前に立つ。
立つのは……巨大なバケモノ。
私を殺す気なんだ。
ねぇ、ママ。
わたし、死にたくない。
生きてちゃダメなの?
鎖を食いちぎる。
だから……。わたしね。
ママを殺すことにしたよ。
ーーーーーーーーーー。
ーーーーーーーー。
ーーーーー。
ぁ……。
…はぁ………。
身体中が、痛い。
はぁ………ぁ………。
血だらけになったけど、ママを気絶させることが出来た。私は、久しぶりに鉄の部屋を出た。
良い匂いがする玄関。その扉を壊して、外に出る。
「ギ……ギィ………」
わぁ、キレイな空。
やっぱり、お外サイコー。
本当に久しぶりの外の世界。
お月さまが、私を照らしている。小さな星の一つ一つが、私に笑いかけているよう。
私は、傷だらけの足を引きずりながら、一歩一歩前に進んだ。
どこが痛いのか、もうわからない。
私が歩くと、体のどこかで血が流れた。
はぁ……。はぁ………。
夜中のせいか、誰も歩いていない。
良かった。こんなバケモノの姿、誰にも見せられない。
はぁ……。はぁ………。
息が、うまく出来ない。もうすぐ、死ぬのかな。
イヤだな。死ぬの。
……誰か、助けて。
公園だ。
ブランコに滑り台。昔は、ママと二人で良く遊んだなぁ。
小さな男の子が砂場で遊んでいた。こんな夜中に。一人で。
小さな街灯があるだけで、あとは真っ暗。
それなのに、この子は楽しそうに遊んでいた。
「………ギ………ギ……」
本当に楽しそう。私も遊びたいなぁ。
あっ。私を見てる。
男の子は、しばらく私の姿を見ていた。でも、走ってどこかに行ってしまった。
逃げたのかな。そうだよね。こんなバケモノの姿見たら、誰だって逃げる。
私は、公園の砂場に倒れた。
もう一歩も動けない。
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