第49話

自由な時間は1分もなく、ただ勉強することだけに特化した部屋。


「はい。じゃあ、この問題分かる人っ!」


僕以外の塾生が、手を挙げている。

最近、塾をサボっていたせいか、全く塾の勉強についていけなくなっていた。

分からない所が分からない悪夢。


先生を含め、周りの人間が僕を見下している。……そんな気がして、ひどく落ち着かない2時間だった。


孤立。


塾からの帰り道。憂鬱と焦りしかなかった。



「ねぇ、生田?」


声の主は、同じクラスで僕が苦手としている前園だった。

はぁ~……憂鬱が倍々に膨れ上がる。


「一緒に帰ろうよ。今日は、パパの迎えがないからさ。女の子の独り歩きは、危ないでしょ? 生田、一応男だし。一人より、二人の方が安全だから」


「……あぁ、うん。まぁ、別にいいけど……」


前園と二人、特に会話という会話もなく、夜道を歩く。

前園は、チラチラとこっちを見てくるが、必要以上に話しかけてくることはなかった。

いつも教室で僕を説教する人物とは、別人のように静か。


お月様が、雲に隠れた。周りの星たちが光を放ち、主を探している。




突然ーーー。



「生田も新人類なの?」


も?


あっ、そうか。前園も新人類だった。


「うん。どうして分かった?」


「お昼の時、カプセル飲んでいたから……」


あぁ、なるほど。見てないようで、周りを見ているんだなぁ。気軽に鼻とかほじれない。


「やっぱり、怖い?」


「怖い。……でも少しずつ慣れてきた。最初は、自分の体なのに自分じゃないようでさ。狂った自分が、大事な人を傷つけるんじゃないか、殺すんじゃないかって、心配だったんだ。まぁ、だけど今はだいぶ落ち着いたよ」


「そっか……。わたしもね、こわいよ……。でも生きたいって気持ちは、それ以上に強いから。だから、頑張る。状況が、良くなるまで」


そう呟き、前を向いた前園は見たことのない可愛い笑顔だった。


数分後。

二人の分かれ道。


僕は前園にサヨナラを言い、歩き出した。


「ねぇ、あの…生田。ナナと仲良しだよね。えっ…と……二人は、付き合ってるの?」


前園は潤んだ瞳で、ずっと僕を見つめていた。


「付き合ってないよ」


僕は、ナナがいないことを確認した。もしこの場にいたら、ギャーギャー騒ぐだろうから。それは、すごく厄介。


「そっか……。そうなんだ。良っ……。あっ! あのさ。ナナには、気を付けた方がいいよ?

かなりヤバいことしているみたいだから」


「ヤバいこと?」


何のことだ。


「忠告したから! じゃあね、生田。また、今度一緒に帰ろ」


言い終わるより先に、前園は走って僕の前から消えた。


「速いな、足……」


僕は、ナナを信じてるよ。だから、心配いらない。雲の隙間からお月様が、やっと顔を出した。



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