第48話

小太りの店員が、女の子の肩に手を乗せた。


「あぁ? 誰の許可で触ってんだ、お前」


女の子は、そっと店員の腕を掴む。



そしてーーー



ビギュッ。



その腕を握り潰した。血のシャワー。周囲を真っ赤に染めていく。



「ひぎゃあぁあァア……あ、あぁ。お、おまえッ!!」


今にも千切れ落ちそうな腕を抱え、床にうずくまる太った店員。


その店員の頭を靴で踏みながら、女の子は私を見つめた。


「大丈夫?」


お面から覗く彼女の赤目を見た瞬間、恐怖で思考が停止した。


この女の子も……。


「チッ! おまえも覚醒者か。ずいぶん、舐めたことしてくれたな。仲間だからって、容赦しない。ここで、殺す」


彼が、女の子の前で仁王立ちになった。口からは、だらだらと涎を垂らしている。獣のような凶悪な爪をカチカチ鳴らす。


「な・か・ま? ユーモアのセンスも最悪だな~。お前らは仲間じゃなくて、ただの害虫、ゴキブリだよ。ゴキブリが、この辺りで好き勝手やってるからさ~、怒ったママに駆除するように頼まれた。だから~。死ぬのは、お前らの方よ?」


「…………あっそ」


ビュッゥッ。ビュッ。ビュッ。


聞いたことのない音が、店内に響く。

彼の鞭のようにしなる腕が、女の子を襲う。私は、思わず目を閉じた。


………………。

………。



静ーーー。


ゆっくり……。

ゆっくりと目を開ける。


「いぃっ!」


私の周囲には、彼らと思われる物体が、そこらじゅうに散らばっていた。

女の子は、血で濡れた両手で漫画を持ち、何事もなかったかのようにまた読み進めている。

彼女が、あの化け物たちを倒したの?


どうやって……。


「ハハハ。はぁ~面白っ。さっすが、新人賞とっただけのことはあるねぇ」


なんで、笑えるの?


目の前に死体が転がっているのに。


「へぇ~。まだ作者、高校生なんだ。天才っているんだなぁ」


この女……。正気じゃない。狂ってる。


顔が、痒くて痒くて堪らない。

私は、顔についていた肉片を指ですくい、床に思い切り投げ捨てた。


だんだんと。

意識が遠退きーーー。



気絶した。


次の日。

鋭い朝日で、目が覚めた。

私は公園のベンチで寝ていた。昨夜の体験は、悪夢以外の何物でもない。血で汚れた頬をそっと指先でさする。さまざまな感情が渦を巻き、私の頬をいつまでも流れていた。




《 7時間前 》



棚に並ぶ色とりどりの飲み物から最近のお気に入りを手に取る。


「ふぁ~ぁ、眠い。こんな夜中にさ~、美容にも悪いよ。このバイト……。時給200円だし。ママに抗議しないと」


バイトが終わり、私は甘~いカフェオレを口に含んだ。

目の前の肉塊を無視して、私は気絶した女をおんぶして公園まで運んだ。


なるべ~く優しく、ベンチに寝かせる。


ドスッ!!


あっ、手が滑った。


「は~ぁ……。なんか、疲れたなぁ。殺すのは、簡単なのになぁ」


女は気絶する前、私のことを見た。


今まで何度も何度も何度~も見てきた目をこの女もしていた。


それは、軽蔑。


漫画を読みながら、この女もついでに殺しちゃお! と考えた。

新人類ではなく、ただの人間。手を軽く振るだけで、女の首は彼方へ飛ぶ。

黒い感情が、上半身を支配していく。倒れている女に、針のように変異させた指を近付けた。


女は、まだ悪夢にうなされている。


「…………」


私の頭に、ある男の顔が浮かんだ。

はにかんだ顔。気の弱そうな。お世辞にも男前とは言えない。私の幼なじみ。


でも……。


この男は、私が世界で一番信頼している男でもある。


「ナオ……」


ママにバイトが完了したことを電話報告した。

めちゃくちゃになったこのコンビニの後始末は、いつものようにママの仲間がしてくれるだろう。

来週には、違う店がオープンしているかも。


家に帰る途中、ナオの家に寄り道した。

おじいさんは、出かけているようで不在だった。


「ナオ?」


良かった……。すやすや寝てる。可愛い。


「おやすみ」


チュッ!


「……おやすみ」


チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! チュッ。


私は、ナオのおでこにキスをして。


スキップしながら、家に帰った。


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