第42話

「その薬は・・・・・・覚醒者に効くの?」



「効くよ。この薬を飲むことが、私たちの発作を抑える唯一の手段なの。でも未来って、本当にマヌケだね。薬を飲むのは、私達には空気を吸うのと同じくらい自然な行動なのに。それを忘れるなんて信じられないよ」



「ナナも覚醒者なの?」



「変なこと聞くんだね、ナオって。さっき、見たじゃない。私の変化を。まぁさっきのは、目しか変化しなかったけどね。それでもかなりビビったでしょ? フフ」



僕は、昨日から気になっていたことをナナに質問した。



「あのさ、昨日言ってたナナの話って実話なの? 確か、話に出てきた女の人の名前って九重霊華だったよね。うちの校長、ナナのおばさんも同じ名前だし」



「うん。あれは、実話だよ。まぁ全部をママから聞いてたわけじゃないから、少しは脚色したけどね」



「やっぱり、そうか」



話の最後で死んでしまった男の人は、ナナのお父さんになるのか。



「ねぇ、ナオ。寒いから、中で話そうよ」


「そうだね。未来は、どうする?」



さすがに、服も破れてほぼ全裸に近いあの姿じゃ風邪を引くかもしれない。


「あのままにしておけばいいよ。罰よ、罰」



「いやっ、あの姿じゃさすがに可哀想だよ」



僕は、鉄扉を開けると階段を駆け下り、教室に戻った。僕の体操着が入っている袋を持って、また屋上に行く。走る途中、多少足は痛んだが、特に問題はなかった。手形はくっきりと足についているが、すぐに消えるだろう。 


僕は、赤ちゃんのように安らかに寝ている未来の頬を軽く平手打ちし、起こした。



「風邪引くから、これ着なよ」 



「な……お? ごめん。襲ったりして。僕、なんて君に謝ったらいいか」 



「いいよ、別に。覚醒している時は、理性がないんでしょ? なら、仕方ないよ。未来のせいじゃない。でも、かなり命の危険を感じたからさ、ジュース三本でチャラにするよ」



「うぅ、ありがとう。君は、なんて優しい心の持ち主なんだ」



まるで、舞台で演じているかのようなオーバーアクションで(全裸で)抱きつこうとする未来を僕は、初めてやったバックステップで避けた。


ベシャッと雨で濡れた地面に全身を強打する未来。頭を両手で抱え、ジタバタと暴れていた。



「あれだけ、元気なら大丈夫だろ。行くよ、ナオ」



「うん」



僕とナナは、未来を残し、屋上を後にした。


二人で、教室前の廊下を歩く。生徒の大半は、すでに帰宅したり、部活動の為に外に出ている。廊下には、僕たち以外誰もいなかった。



「教室で話す? 今は誰もいないだろうから」



「もしかして、誰もいない教室でエッチなことするつもりじゃないよね? いやっ、私はいいんだけどね。……でも、あれかな。まだ、心の準備が出来てなぃかも」



また、暴走してる。 


漫画の読み過ぎじゃないか?



「そんなことするつもりはないよ。ただ、僕は知りたいだけ。全てを」



「ふ~ん。まぁいいけどさ。なら、ママに聞いたほうが早いかもね。まだ、校長室にいるだろうし」



僕の手を引き、走り出すナナ。



「ちょっと待ってよ。いきなり、校長室に行ったら失礼だよ」



僕の言葉は、ナナには届いていなかった。いつものことだけど。校長室の前で立ち止まったナナは、元気良く叫んだ。



「ママァ! ママァ! ここ開けてぇ。ナオがね、話したいことがあるんだってさ」



正気か。


家ならともかく、ここは学校だ。こんな大声で叫ぶのは非常識すぎる。しかも自分からママって言っちゃってるし。たしか、ナナは学校の皆に校長と親子だって知られたくないんだよな。



明らかな矛盾。



「入りなさい」



中から、校長の声がした。少し怒気を含んだ声色をしているのは気のせいかな。


ナナが、思い切り扉を開け、僕は静かにその扉を閉めた。校長室に入るのは、初めての経験なので、内心かなりドキドキしていた。部屋に入った瞬間、古紙の匂いがした。小学生の頃、何度か利用した視聴覚室の雰囲気に似ている。歴代校長の写真が、天井近くの壁に飾られていた。その下に、分厚い本がびっしりと入っている書棚がある。


大きな窓は、少し開いており、外から湿気を帯びた風が部屋に入りこんでいた。どうやら雨は止んだらしい。その窓の前で、執務机に座っている女性。


眼鏡をかけて、髪を後ろで束ねている。昨夜見たナナのお母さんであり、この学校の校長が僕たちの目の前にいた。やっぱり、威厳がある。雰囲気が、家にお邪魔した時とだいぶ違う。



「ママ、あのね。ナオが、ママに聞きたい事があるんだってさ」 



「ナナちゃん。学校では、ママではなく校長先生って言いなさい。前にも注意したでしょ?」



「うん。ごめんなさい」



反省している、ナナ。 



「ナオ君。話って何かな?」


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