第38話

僕も慌てて頭を下げる。勢いがつきすぎて、テーブルに頭をぶつけてしまった。派手な音がして、恥ずかしさで顔が赤くなる。ナナとおばさんは、そんな僕を見て笑っていた。僕も苦笑い。


食事は、それなりに楽しかった。おばさんは、僕の緊張をなんとか和らげようと気を遣ってくれた。


食後のデザート。冷たいメロンを食べながら、僕は壁時計で時間を確認した。十時を三十分も過ぎている。これ以上、長居するのはさすがにマズい。おじいちゃんが心配して、塾に電話でもされたらサボったことがバレてしまう。


僕は、慌てて帰り支度をした。おばさんは、そっと僕の鞄に触れて。



「さっきね、ナオ君の自宅に電話して、おじいさんに帰りが遅くなることを連絡したの。塾をサボったことも上手くごまかしておいたから大丈夫よ。だから、ね。おばさんともう少しだけお話しましょう。ナナちゃんも寝てるみたいだし。二人でゆっくりと話が出来る」



いつの間にか、ナナはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。食ったら、即寝る。赤ちゃんみたい。部屋は適温に保たれているので、風邪は引かないだろうけど。



「えっ、あのぉ。僕の自宅の電話番号知っていたんですか? ナナも知らないと思ったけど」



「知ってたよ。だって電話するのは初めてじゃないしね。まぁ電話したのは、数十年ぶりだけど。ナオ君のお父さん、生田ナオトと私は、幼なじみだったの。昔は、お互いの家を行き来して、良く遊んだりもした。だから、ナオ君のおじいさんも私のことは知ってるし、昔から良くしてもらってるのよ。とってもカッコ良い俳優さんみたいなおじいさんよね」



父さんとナナのお母さんが知り合いだったなんて、今まで知らなかった。おじいちゃんの事も知っているみたいだし。どうして、おじいちゃんはその事を僕に言わなかったんだろう。



「じゃあ、母のことも知っていますか? 両親は、同じ高校に通っていたらしいんですけど」



「もっちろん! お母さんのことも知ってるよ。だって、私とアンナは、恋のライバルだったしね」



「恋のライバル?」



父さんを二人で取り合ってたってことかな。そんなにモテてたのか。



「まぁ……昔の話よ。そんなことより、ナオ君に話しておかなければいけないことがあるの」



「両親のことですか?」



「うん。とっても大事なことだから、ちゃんと聞いてね。実はね、今日はその話がしたくてナオ君を家に招待したの。ナナに頼んでおいたのよ。ナオ君を今夜連れてくるようにって」



静かに立ち上がるとおばさんは部屋を一旦出て行き、ポットとティーカップを持って戻ってきた。おばさんは、ロイヤルミルクティを入れたカップを僕の前にそっと置いた。



「ごめんね。眠いだろうけどもう少し我慢してね」



「いえ、大丈夫です。おばさんは、僕の両親について何を知っているんですか?」



「実はね」



「……………」



おばさんは、少し話すのを躊躇している。その横顔を見た僕は、あまり良い話ではないことを察知した。



「ナオ君の両親、ナオトとアンナはね、まだ生きているの。亡くなってなんかいないのよ。………急にこんなこと言って、驚かせてごめんなさい。でも分かって。今まで隠していたのは、ナオ君の為なの」



「生きて…る? 父さんと母さんが………」



嘘だろ。なんで息子の僕にこんな重大なことを隠していたんだ。



おじいちゃんは、知っているのか? 



もちろん、知ってるに決まってる。みんなで僕を騙してたのか?



「ごめんなさい。怒るのは当然よね。でも、これだけは信じてあげて。ナオ君の両親は本当にアナタを愛してる。今も昔も」



僕には、両親と過ごした記憶がない。


親の顔すら写真を見て、初めて知った。幼い頃、おじいちゃんから両親は交通事故で亡くなったと聞いた。それを今まで一回も嘘だと思ったことはない。とにかく今は、理由が知りたい。なんで死んだと嘘をついたのか。



「どうして、今まで両親が生きていることをみんなで……僕に…黙っていたんですか?」



口が乾燥して上手く話せない。一口、ミルクティを口に含んだ。ほのかに甘い。優しい味がした。



「その理由は………。ナオ君の両親はね、覚醒者だから。黒い風に適応出来る人間なの。ガスマスクなしでね。ナオ君も噂ぐらいは聞いたことあるでしょ? 新人類や覚醒者について」



「聞いたことはあります。ただ、本当にそれらの話は、都市伝説っていうか、嘘だと思っていました。………冗談ではないですよね?」


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