第37話
「すごっ……」
溜息が出るほどの豪邸を間近で見た僕は、圧倒されて思わず後ろにのけ反りそうになった。そんな僕を見て、ナナはクスクス笑っていた。
家の中は、更に凄くて。もう説明することすらバカらしくなるような豪華さで満ちていた。廊下の白壁には、有名画家の絵画が並び、クリスタルガラスで出来た動物たちが所狭しと並べられていた。二十人ぐらいは座れるんじゃないかと思われる巨大なソファーで、僕は母親を呼びに行ったナナを待っていた。しかし、なかなか戻ってこない。
(帰りたくなってきたな。凄く場違いな気もするし)
天井から吊り下げられているシャンデリアをしばらく見上げていると、万華鏡のように光がぐるぐると目の前で回転し、催眠術にかかったように眠くなった。
「ナオ! ナオ! 起きて」
「ぅ……。ナナ?」
「寝ちゃダメだよ。これから夕飯なんだから」
ナナに起こされた僕は、フラフラした足取りで廊下を歩いた。黄緑色した自動照明が、ナナの一歩先で点灯し、僕の後ろで消えていく。それは、蛍のように儚い光だった。
客用のリビング。
その中央に設置されている無垢一枚板のテーブルの上に、大きなステーキ皿が乗っており、霜降り肉がジュージューと美味そうな音を奏でていた。サラダやパン、スープが何種類も用意されており、僕は何度も生唾を飲み込んだ。
いかにも金持ちって感じの食事。こんな食事ばかりとっていたら将来、痛風になるかもしれない。
目の前の食事にばかり気をとられていた僕は、ある視線に気付いた。先ほどから誰かが僕を見ている。この視線は、ナナではない。振り返ると綺麗な女の人が、フルーツの盛り合わせの大皿を両手で持って、僕の数歩後ろで立っていた。
ナナのお姉さん?
お辞儀をした。
綺麗な女の人は、ニコニコ嬉しそうに笑って僕にお辞儀を返した。その物腰のやわらかさや雰囲気から優しい人だと分かった。背は、僕とたいして変わらない。……いや、僕よりも低いかもしれない。
「ママだよ」
「えっ!? お母さん? は、初めまして。生田ナオって言います。突然、お邪魔してすみません。こんな遅くに」
僕は、何度も謝り、頭を下げた。
「アハハ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。もっと肩の力を抜いてさ、リラックス。ね?」
「はぃ」
「早く食べようよ、ママ。お腹がすいて死にそう」
「そうだね。じゃあ、食べようか。ナオ君も遠慮しないでどんどん食べてね。お肉ならいくらでもあるから」
「はい。ありがとうございます」
僕たちは席につき、食事を開始した。
(あれ? そういえば、ナナのお母さん。誰かに似てるな)
何かとんでもなく重要なことを忘れている気がする。
「私の顔に何か付いてる? ナオ君に見つめられると照れちゃうな、おばさん」
「ナオの浮気者ガァ……」
「浮気って。ナナのお母さんがあまりにも若いから、驚いてたんだよ」
「若くないって、全然! ほんっとにおばさんなんだから」
そうは言いつつ、とっても嬉しそうなナナのお母さん。切った肉をそっと僕の皿に乗せた。
「あ、ありがとうございます」
こんなに食べれるかな。
怒りで体を震わせているナナを無視して、僕は考えた。
(まさか、なぁ。あの人に似てる気がするけど。でも髪形とか違うし。やっぱり違うよなぁ)
冷たい水を飲み干す。それでも、すぐに口の中は乾いた。
「えっと、その。違っていたらすみません。おばさんの職業は、もしかして先生だったりします? いやっ、その、僕の中学の校長に似てるなぁ……って。ハハ。ごめんなさい、変なこと言って」
「うん、そうだよ。良く分かったね。普段は、眼鏡をかけてるし、髪形も違うから分からないかと思った。一応、ナオ君たちの中学の校長やってまーーす。まぁ、校長って言ってもまだまだ新米だけどね~」
「凄いでしょ。でもこのことは、秘密にしてよね。私が、校長の娘だと分かったら虐められちゃうからさ!」
いや、たとえバレてもナナなら絶対に虐められないよ。断言できる。
「なんか、僕。とんでもないことしてますね。校長の娘さんとこんな遅くまで夜遊びして。しかも、こんな豪華な夕飯までいただいて」
「ナオ君は、真面目だね。そんなこと考えてるんだ。でもさ、それは考えすぎだよ。ナオ君は、なんにも悪いことしてない。むしろ、おばさん感謝してるんだから。だって、ナナちゃんの話し相手になってくれてるでしょ。この子ね、友達が少ないから話し相手がいなくて寂しいのよ」
「いえ、僕は何にもしていません。それに、ナナは話の才能がありますよ。僕も楽しませてもらっています」
「ナオは、私のファンクラブ第一号だからね」
二号は、いつ現れる?
「これからもナナちゃんの話し相手になってあげてね。お願いします」
深々と頭を下げた。おばさんは、本当にナナを大切にしてるんだな。
「こっ、こちらこそ宜しくお願いします」
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