第36話
「と、まぁだいたいこんな話。とっても悲しいお話でしょ。うわっ、泣いて…る?」
「な、泣いてなんかいないよ。目が乾燥して痛いだけ。うぅ」
僕は、泣いていた。ナナの話が、あまりにも悲しくて。自然と涙が溢れていた。本当に話は素晴らしかった。僕は、時間を忘れ、ナナの話に聞き惚れていた。
「ふ~ん、まぁいいけどさ。そろそろ服乾いたんじゃない」
ナナは、立ち上がると鉄棒にぶら下げていた僕の上着を取り、バンバン叩いた。
ニッコリ笑っている。どうやら、乾いたようだ。
「はい、これ。乾いてたよ」
「うん。ありがとう。いやっ、違う。ありがとうございます、ナナちゃん。好きだよ」
僕は、前に学習したことをさっそく実践した。
「そんな心のこもっていない好きなんて、犬のクソにも劣るわっ!」
ガツッ! 頭を拳で殴られた。
「ったぁ! 脳みそが、が、が」
ナナって人物のこと。僕は、未だに良く分からない。本当に。
「お腹すいたねぇ。夕飯は、食べた?」
「いや、今までナナと一緒にいたんだから食べてるわけないでしょ。まぁ帰ってから、適当に何か食べるよ。おじいちゃんが何か作ってくれてるかもしれないし」
僕は、乾いたシャツを着て、帰り支度を始めた。ナナは、腕を組んでさっきから何かを考えている。
「そうだっ! 家に来なよ。ママの手料理は、絶品だからさ。それ、食べていけばいいよ」
大声でそう言うと、僕の手を掴み、強引に引っ張った。
「いっ、いや。いいって。こんな時間に家に伺うのは失礼だし。夕飯をご馳走になるわけにはいかないよ。今度さ、改めてご馳走になるよ」
「なんだと? 私に恥をかかせるつもりか」
黒いオーラが、ナナの背中に見えた。危険なシグナル。
「もう九時を過ぎてるんだよ? 今度じゃ、ダメなの?」
「ダ~メ。今から行くの。きっと、ママも喜ぶよ。ナオに会いたがっていたし」
僕は、諦めてナナについていくことにした。
ナナの家に行くのは、これが初めて。クラスは違うが、ナナも僕と同じ中学に通っているので、それほど家も遠くない。……はず。
公園から、歩いて数十分。
ナナの住んでいる場所は、どうやら北区のようだった。北区は、僕が住んでいる南区とは違い、高級住宅地になっており、僕みたいな庶民には縁のない場所だった。
(金持ちなのかな、ナナの家は)
ナナは、一際目立つ大きな一軒の家の前で立ち止まった。レンガ造りの高い塀からは、中を窺うことが出来ない。隣の家よりもさらに高く屋根が突き出ていたので、おそらく五階建てだと思う。
パッと見ただけでも6台の監視カメラが僕を睨んでいた。悪さをしていなくても緊張してしまう。
異質なほど頑丈な作りで出来ている鉄門。その手前で、ナナは突然立ち止まると大声で叫んだ。
「ママァ! ママァ! 今帰ったよ。開けて」
「ちょっ! ちょっと、ナナ。そんなに大声出したら近所迷惑だよ。今、何時だと思ってるの」
僕は、周囲を見渡した。幸いにも通行人は誰もいなかった。何を考えているんだ? ナナは。叫ばなくてもチャイムぐらいあるだろう、普通。
「何してるの? 早く入りなよ」
いつの間にか、門が開いており、中からナナが僕を手招きした。仕方なく僕は、髪をかきながら中に入った。門から家まで十メートルほどあり、手入れが行き届いた花壇が、道の両サイドに広がっていた。清潔さと家主の几帳面さを感じる。まるでおとぎの国に入り込んだようだ。
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