第35話
「やっぱり、私は化け物なんだよ。光は、違うって言ってくれたけど。覚醒者は、ただの化け物。あの子ね、死ぬ間際私に言ったの。『私達は、絶対に幸せにはなれない』って。化け物は、人間ではないから。だから、人間のように幸せになることなんか出来ないんだよ。光と一緒にいる間だけは、忘れることが出来たけど。それでもやっぱり私は、化け物でしかない。人間を襲い、そして喰う、ただの獣でしかない」
「れぃ……か」
霊華、それは違うよ。
僕は、高校で君に出会ってから、今までずっと幸せだった。僕たちは、立派に幸せを掴んだじゃないか。毎日笑って、喧嘩して。
ちゃんと人間してたろ?
「光。私はーーー」
「……ぃ」
声が、出ない。あと少し。
あと少しだけでいいから!
息をさせてくれ。
震える左手を伸ばした。霊華は、その手を握って、自分の頬に当てた。柔らかい霊華の頬を涙が流れているのが分かった。
こんなに泣かせて、ごめん。
「ひかるっ! 目を開けて。まだ、死んじゃダメだよ。ダメだよ、光。私と幸せに暮らすんでしょ? 約束したよね。ひかる……おねがいだから、目を開けて…よ………」
僕には、もう言葉を発する力はないけど、それでもこの想いだけは霊華に伝えなくちゃいけない。
「おねが……ぃ。目を…あけて……。ひかる……」
僕は、霊華に出会ったことを神に感謝してるし、こんな最期だけど後悔もしていない。高校の時、霊華に出会ったのは運命だと思ってる。死人も同然だった俺を暗い沼から引き上げてくれた。他の大人は、みんな無視したけど、霊華だけは立ち止まって俺の話を聞いてくれた。
「ぅ……いゃ……」
だからーー。
だからさ、お前は必ず幸せにならないといけない。僕の死を引きずって、生きてほしくない。
霊華の呼ぶ声が、だんだんと小さくなっていく。
ーーれーーーー。
かーーーー。
『ありがとう』
動かなくなった。死んでしまった。私は、光の頭を自分の膝の上に乗せ、何度も何度も頭を撫でた。
「きっと、光は天国に行けるよ。地獄に行くのは、私一人で十分だから。どうか、神様。光をお救い下さい」
私は、そっと光を床に寝かせると立ち上がった。自分の腕を見つめ、集中する。
すると、すぐに反応があった。違う生き物のように左腕が蠢き、日に焼けた男の腕のように太くなった。血管が皮膚を持ち上げ、更に腕に凶暴さが増していく。私の細かった腕は、数十秒で獣の腕と化した。
吐き気を堪えて、それを見つめる。この腕なら、簡単に自分の心臓をひねり潰すことが出来る。何も考えず即死できる。
「私も今からそっちに行くね、光」
自分の腕を胸に近づけた。目を閉じる。
先生ーーーー
「先生っ! やっと教師になったよ。自分で言うのもなんだけど死ぬほど頑張った」
「九重……わざわざ、私に会いに来たの? こんな田舎まで」
「だって、約束しただろ。戻ってくるって。ってかさ、なんで勝手に引っ越してるんだよ。探すのに苦労したよ。ほんと」
「ごめんなさい。急に会うのが恐くなって」
「まだ、そんな弱気なこと言ってるのか。少しは変わってると思ったけど、あの頃と同じだな。相変わらず、童顔だし」
「そのことは言わないで!」
「ハハ。もう一つの約束、覚えてる?」
「うん」
「先生………。いや、霊華さん。僕と付き合ってください。お願いします」
すごく嬉しかった。
光が、私に会いに来てくれたこと。私に告白してくれたこと。光の気持ちが変わっていなかったこと。そのことが、嬉しかった。
「霊華さん、泣いてるの?」
この人と一緒なら、私も幸せになれる。本気でそう思った。
「光と一緒にいたい。ずっと……ずっと」
トクン。
『霊華。君は、死んだらダメだよ。君の体は、もう君だけのものではないんだから』
声が聞こえた。一瞬、光の声が。
私は、自分の胸を見つめた。
トクン……トクン……トクン。
いつの間にか、私の腕はひ弱な元の形に戻っていた。
「ひか……る」
再びあふれ出た涙を止めることは出来なかった。私は、泣いた。全身で泣いた。泣くこと以外何も出来なかった。
朝が来て、夜になって。また、朝が来て。ようやくこの涙が止まった。そして、私は生きることを決めた。
新しい命の存在に気付いたから。
私は、妊娠していた。光の子を。この子と一緒に生きていく。そして、幸せになる。
必ず!
一ヵ月後ーーーーー
私は、光との家を売り払い、そして旅に出た。このお腹の子と幸せに暮らすことができる安全な場所を求めて。光は、私が幸せになることを望んでいる。だからもう、涙は流さない。天国にいる光が心配するから。
山は、紅葉していた。もうすぐ冬が来る。その前に探さなくてはいけない。二人の安住の地を。
「わたし、幸せになるから。だから、光。天国で見守っててね」
雲の隙間から見える夕日は、とても優しくて。照れた光のようだった。
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