第34話

校舎裏は日当たりが悪く、しかも何年も手入れをしていないので、葉が細くて腐臭を発している雑草がそこらじゅうに生えていた。それらをガツガツ踏み潰しながら歩いていると、背後から声がした。


その声は、もう二度と聞くことのない声のはずで。忘れていた興奮が、また蘇ってきて思わず全身が震えた。




「正面から堂々と出ればいいじゃない。卒業のときぐらい胸張りなさい」 




「うるせぇな、俺の勝手だろ。アンタには、関係ない。でも、まぁ先生に会うのも今日で最後だからな。アンタの注意には、正直うんざりしてたから助かったよ」




自分でも、分かっていた。言いたいのは、こんなことじゃない。




「最後まで憎たらしい教え子ね。でも、なんでかな。こんなにも気になるのは………」




先生。俺、アンタに感謝してるんだ。俺を信じてくれた大人は、先生だけだから。




「私、待ってるよ。九重のこと。これ、私のメールアドレス。遅くなるかもしれないけど必ず返信するから」




先生は、アドレスの書かれたメモ用紙を投げた。腕力がないので、俺には届かずに手前でポトリと落ちた。雑草の中から、それを拾う。




「大学を卒業して、俺がまた東京に戻ってきたら」




俺は、先生の目を見つめた。先生も俺を見ている。二人の想いが初めて通じ合った、そんな数秒。




「その時は、俺と付き合ってください」




「……うん。でも、私そんなに若くないけど、それでもいいの?」




先生は、申し訳なさそうに口を尖らせて言った。とても可愛い仕草だと思った。




「先生は、若くて可愛いよ。制服着れば、高校生でもいけるんじゃないかな」




「可愛いっていうのは嬉しいけど、後半は少しバカにされた気がするよ。童顔は気にしてるんだから、そんなに言わないで。お願いだから」




「分かった。なるべく、言わないようにするよ。そろそろ引越しの準備とかあるから、行くよ」




俺は、再び歩き出した。でも俺の足取りは、さっきよりも遥かに軽い。告白が成功し、宙に浮くような気分だった。




「本当に、私でいいの?」




その声は、悲しく草むらに響いた。




「生徒思いで、優しくて。信念を持って教師をしてる。今時、あんたみたいな馬鹿真面目な先生は珍しいと思うよ。俺は、そんな先生を好きになったんだ」




「……正直言うとね。すごく恐いの」




「恐い? なにが」


 


「いつか九重のこと、襲うんじゃないかって。殺してしまうんじゃないかって思うと恐くて仕方ないの。化け物になった時は、理性がなくなって自分でもコントロール出来ないから」




「俺なら大丈夫だよ。絶対に、先生は俺を襲わない。俺は、信じてる」 




…………そう言ったけど。




正直、確信はなかった。もし、先生が俺を襲ったとしてもそれなら仕方ないと思うし、好きな人だから許すことが出来る。


先生の罪は、俺の罪。二人で共有しよう。彼女は、絶対に俺が守る。どんなことをしても。どんな犠牲を払っても。




ッーーーー




雨? 




ここは、地下室なのに。




「れい……か。どうし……て?」




ここにいるんだ。外出していたはずなのに。




戻ってきたのか? 




しかも地下室にまで入ってきて。




約束しただろ? 




ここには、来るなって。




「ひかる……ごめんなさい。私のせいで、こんなに傷ついて」




ポタポタと霊華の涙が顔に落ちてきた。




「謝ること……ない…。僕が、た……こと」




あの少女は、どうなったんだ? 霊華以外の気配は感じない。


霊華が、殺したのか? 一瞬感じた黒い影は、覚醒した霊華だったのか。見なくても分かるよ。完全に体を破壊されて、床で息絶えている少女の姿が。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る