第39話

「覚醒者は、実在するよ。数は、この地球上に数百人程度しかいないけどね。覚醒者は、その珍しさから金儲けを企む人間に常に狙われているの。その命に賞金もかけられてるぐらいだしね。両親が覚醒者なら、その子供のナオ君にも危険が及ぶ可能性がゼロじゃない。戦闘中に巻き込まれることだってあるしね。だから死んだことにして、ナオ君から離れて今まで暮らしてたの。私も子供がいるから分かるけど、子供と離ればなれって身を引き裂かれるぐらい辛いことなのよ。だけど、ナオ君の親はそれを選んだ。その選択は、正しかったと私も思ってる。死んだことにすれば、ナオ君も無理に親を捜そうとはしないだろうしね」



「僕は……それでも両親と一緒がいいです。たとえ、危険でも」



おじいちゃんはいるけど、それでも本当の親とは違う。とうの昔に寂しさは、乗り越えた。それでも他の家のオレンジ色の明かり。笑い声。誕生日にクリスマス………。カーテン越しの家族のシルエットを見るたび、羨ましくなり、自分を不幸だと思った。僕は、弱い人間だから。両親の気持ちなんて考えず、ただ一緒にいたいと、ただ一緒に暮らしたいとそれだけを願ってしまう。


あれ?


ってか、両親が覚醒者ってことは………。


「うん。そうだよ。ナオ君も新人類。いずれ、覚醒する」


「僕が………覚醒者…」


震える唇と指先。次々襲うショックが、容赦なく脳を犯す。


「ナオ。どうして泣いてるの? ポンポン痛いの?」



目を覚ましたナナが、心配そうに僕の顔を覗いていた。その言葉で初めて、僕は自分が泣いていることに気づいた。この涙の意味が自分でも分からず、戸惑っていた。



「ママ……。ナオを泣かせたの?」



闇の底から響くような低い声。



「ごめんなさい」



ガシャンッ!


 


触れてもいない高価な壺が前方で割れた。その破片がおばさんの頬の横をかすめる。あと数センチずれていたら、顔に傷を負っていたかもしれない。



「ナナ、違うんだ。おばさんは何も悪くないよ。眠くてさ、僕も寝てたんだけど悪い夢を見て。それで泣いていたんだと思う。夢の内容も思い出せないんだけど」



僕は、急いで涙を拭くと、鞄を持って逃げるように部屋を出た。後ろからナナが慌ててついてくる。玄関前で立ち止まった僕に、ナナは特に何も言わなかった。



「また、明日」



「うん。今日は無理矢理家につれてきてごめんね。ママに頼まれてたから」



「いや、すごく楽しかったよ。料理も最高だったし。おばさんに宜しくね」



「嫌いにならないでね、ママのこと」



悲しそうに顔を伏せた。



「ならないよ。また家に呼んでね。今日は、時間なかったから無理だったけど、今度は他の部屋も見たいしさ。広いよね、ナナの家。博物館みたいだし」



僕は、鞄を持ち直すと歩き出した。まだ、目は赤く腫れている。



「ほんと、優しいね。ナオって……」



その言葉が、妙に照れくさかった。




翌朝。教室で。



「あのさ、悪いんだけど昨日の塾の宿題範囲教えてくれない?」



僕と同じ塾に通っている深津涼(ふかつりょう)に声をかけた。無口の涼は、登校して席に座ってからずっと漫画を読んでいる。漫画から目を離さないで、カバンの中から一冊のノートを取り出すと器用にスラスラと宿題のページを書き連ねていく。僕は、急いで自分のノートにそれをメモする。



「ありがと、涼。助かったよ」



優しい学友の存在に感謝、感謝。まぁ、無口過ぎるのが玉に瑕だけど。僕は、気分よく自分の席に着こうとした。すると、この学校の生徒会長である前園美魅(まえぞのみみ)が、ズンズンと大股で僕の前まで来た。



「また、塾休んだでしょ? 最近、生田たるんでるんじゃない? もっと、しっかりしなさいよ。だいたい」



それから数十分、先生が教室に入ってくるまでの間、僕は延々と前園に説教された。前園は、クラスでもリーダー格の恐い存在なので誰もその行為を止めることが出来ない。僕も苦手なタイプだった。唯一、前園と正面から堂々とケンカ出来るのが、隣のクラスのナナだった。ナナは、前園と廊下ですれ違っただけで口喧嘩を始める。その声は、扉を閉めた教室の中にまでうるさく響くほど大音量だ。


犬猿の仲と辞書で引けば、二人の顔写真が載ってるぐらい二人は仲が悪かった。



「朝からついてなかったね、ナオ。前園さん、今日も機嫌悪いみたいだね」



「うん。まぁ、塾をサボった僕も悪いから何にも言えないけどさ。でも、あんな大声で説教することないって。ほんと恥ずかしいよ」



「ハハ、そうだね。廊下にいても普通に聞こえるしね。塾をサボったって言ったけど、何してたの?」



「う~ん。話すと長いから、要約するけど。ナナの話を聞いた後、美味いステーキ食べてた」



「何それ? それじゃあ全然分からないよ」



僕の隣の席に座っている田中未来(たなかみらい)は、頬杖をついて僕を見ていた。



「なぁ、未来。今日は、一日起きていられそう? 一時間目から国語だけどさ」



「……」



「未来、聞いてる?」



「……」



「おいって!」


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