第31話
「君は、」
会話を続けるとボロが出る。慌てて口を閉じた。
「……んぅ」
僕から視線を逸らした少女は、ダランと首を下げ、大きな欠伸をした。
「なんだか……眠くて。少し、横になっても……いいですか?」
「うん、いいよ。ゆっくり眠りなさい。今、毛布を持ってくるよ」
それからすぐに少女は、静かに寝息を立て始めた。
「はぁ」
思わず、安堵の溜息が出る。
理由は分からないが、長時間この少女と一緒にいるのは危険だと判断した。一刻も早くこの少女を地下室に監禁しなくてはいけない。
抱きかかえた少女の体は、見た目以上に重く、地下室に行くまで何度も休憩を挟まなくてはいけなかった。やせ細ったこの少女のどこにこんな重さがあるのか、疑問だった。
二十分もかけて、やっと地下室に少女を入れると、その両手に鎖付きの手錠をし、両足を拘束具で固定した。完全に少女の自由を奪うとやっと心が落ち着いた。
自分でもどうしてこんなに焦っているのか不思議だった。額から汗が流れる。少女に背を向け、歩き出した。
その時ーーーーー
「松木さんは、こんな変態な趣味を持っていたんですね。私、ショックです」
緊張と焦り。少女は目を開け、上目遣いに僕を見ていた。その目からは、眠気を一切感じなかった。
「どうして……」
こんなことはありえない。ありえないんだ!
あの睡眠薬は、通常二時間は効果が持続する。こんな数十分で効果が切れるはずがない。この少女は、確かに麦茶を飲んでいた。
薬の配分を間違えたのか?
いやっ、そんなミスはしない。
適量だったはずだ。
なら、何故。
「『どうして』って、さっきも言ってましたよね。松木さんの口癖ですか? フフ。さっきの質問の答えですけど、アナタが教師だと分かったのは、匂いがしたからです」
「匂い?」
「はい、そうです。松木さんからは、いろんな若い男の子や女の子の匂いがします。しかも、ほとんどが処女、童貞の匂い。私が、好きな匂いなので良く分かります。こんな匂いを身につけている職業は、教師ぐらいしかありませんから」
「大人をからかうもんじゃないよ。そんな匂いが分かるわけないだろ」
僕の声は、震えていた。
「それが、分かるんですよ。だって、私はーーー」
少女は、視線を両手に下げると一気に手錠を引き千切った。
ギッーーーー。……シャリ。
ジャッリン!
今までに聞いたことのない金属の悲鳴が聞こえた。ジャラジャラと音を立てて落ちる手錠と鎖。自由になった両手でゆっくりと時間をかけて足枷を外す少女。
僕は、ただその異常な光景を黙って見ていることしか出来なかった。
「私、覚醒者なんです。覚醒者は、普通の人間より何倍も鼻が利くんです。犬や猫のように。驚きましたか?」
笑いを耐えながら、少女は告白した。それは、まるで悪戯のばれた子供のようだった。
『覚醒者』
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に霊華の発作時の姿が浮かんだ。
この目の前の少女も霊華と同じように体が変異するのか?
「やっと今、分かったよ。君に抱いていた違和感の正体が。それは、『殺気』だ。僕だけじゃない。駅前にいた全ての人間を見るとき、君の目には尋常じゃない殺気を帯びた冷たい光が浮かんでいた。その目で物色していたんだろ? 餌となる人間を」
「凄いです! 私のことを観察していたんですね。それに、私が覚醒者だと知っても逃げることもしない。普通の人間なら腰を抜かしていますよ? フフ」
少女は、立ち上がるとコンクリートの壁をその白い指先で撫でていく。撫でるたび、その足元にパラパラと白い粉が落ちていく。少女の指先の爪は、すでに人間のものではなかった。軽く撫でるだけで、壁を深く抉り取っていく。五本の白線が、少女が歩いた分だけ伸びていく。
「アナタの奥さんも覚醒者なんですよね。前に一回、町で見かけたんです。アナタと奥さんが仲良く二人で買い物しているところを。血の臭いですぐに分かりましたよ。そして、嬉しくなったんです。私と同じ仲間が、こんなに近くにいたことに」
「僕と今日こうして会ったのは、君の計画だったの?」
「はい。そうです」
「目的は何?」
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