第29話
今度の霊華の発作までに新しい少女を確保しなくてはならなかった。霊華の発作を止めるには、新鮮な生きた餌を与えるしかない。僕は、その晩一人の少女にメールを打った。次のターゲットとなる女だ。
日曜日。
僕は駅前で、ある少女と待ち合わせをしていた。県庁所在地であるこの場所は、僕が住んでいる地区とは違い、雑居ビルが立ち並びそれなりに栄えている。新幹線が停車する駅でもあり、利用者も多く駅前は人で溢れていた。
これだけ人が多ければ、顔バレする可能性も低くなる。一応、普段はしない帽子と眼鏡をかけてはいるが、それだけでは不安を拭い去ることは出来ない。なるべく、早く少女と接触したかった。
腕時計で待ち合わせ時間を確認する。すでに約束の時間から二十分も経過していた。あと、十分たって来なかったら帰ろう。そう決めていた。
「まつき……さん、ですよね? わたし」
「加奈ちゃんだよね。待ってたよ」
僕の前に、痩せた少女が姿を現した。霊華よりも背が高く、色が白かった。ただ、その白さは霊華とは違い、不健康という印象しか僕には与えなかった。
目の下には隈のようなものがあり、彼女の抱えている疲労を感じることが出来た。一瞬、高校生なのかと疑ったほど、彼女からは大人の女性の色気を感じた。
「人が多いですね。日曜日だからかなぁ」
少女は、目を細め周囲を見渡した。彼女のボブヘアが揺れる度、強烈な香水の匂いがした。
「…………」
「無口なんですね。つまらないですか? 私といるの」
「そんなことないよ。喫茶でお茶でもしようか。ここは人が多すぎるしさ。ゆっくり、君と話をしたいから」
「はい。分かりました」
違和感。
先ほどから何か違和感があり、それは僕に警鐘を鳴らしていた。しかし、その正体が何であるのかまでは分からなかった。しばらく、様子を見ることにする。喫茶店に入ってからも違和感は消えることはなく、むしろ強くなっていった。
当たり障りのない会話で時間を消化していく。
「へぇ、松木さんって釣りが趣味なんですね。私も釣りしてみたいです」
偽名に嘘の趣味。他にも彼女には、たくさんの嘘をついている。僕は、完全に別の人間『松木』になりきっていた。
「今度一緒に行こうね。加奈ちゃんは、趣味とかそういったものは何かあるの?」
「趣味……ですか。特にないですね。これといって」
最近、この無趣味という子が結構多い。つまり、何に対してもさほど興味が湧かず、ただなんとなく毎日を過ごしている。時間は膨大にあっても充実した日など一日もないのだ。
僕も高校時代は、こういった類の人間だった。霊華に出会うまでは。
「このお店、雰囲気がいいですね。良く来るんですか?」
「いや、この店は初めて入ったよ。でも外見で判断して、この店は当たりだと思ったけどね。お店の前は、綺麗に掃除されててゴミ一つなかったし、お店の命である看板も綺麗に磨かれてた。裏路地にあるのに結構お客さんも多い。この辺に住んでる人たちの隠れ家的なお店なんだろうね、きっと」
僕は、ざっと店内を見渡した。
大学ノートに何かを記入している学生、寝ている赤ちゃんの横で携帯をいじっている母親。カバンからノートパソコンを取り出し、その画面を見てブツブツ何かを喋っているサラリーマンらしき男性。若者が少なく店内は静かで、ゆったりとした時間が店全体に流れていた。
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