第28話

「ちゃんと言うとおりにしてるな、偉いぞ」



「……うん。なんか、九重。先生みたいだね」 



俺は、指紋を丁寧に拭き取った。車の荷台に死体を包んだブルーシートを乗せると、ただひたすら車を走らせた。


ダムに沈んだ村を通り過ぎ、舗装されていない道を強引に突き進んだ。とある山中で車を降り、先生が見つけた大きな沼に、重りをつけた死体を沈めた。


俺は、祈った。死体が浮かんでこないように。誰にも見つからないように。



深夜二時過ぎ、ようやく俺たちは、自分達の町に戻ることが出来た。白バイにいつ捕まるんじゃないかと常に緊張していたので、疲労がハンパじゃなかった。 




「じゃあな、先生」



「……今日のことは」



「誰にも言わないよ。俺を信じろ」



車を降りた先生は、何か言おうと迷っているようだった。今は元気がないが、明日にはいつもの先生に戻っているだろう。再び車を発進させようとした俺に、



「どうしてこんなことするの? 九重には、将来があるのに。私のせいで人生がめちゃくちゃになってる。こんな危険なことさせてしまって。どうやって私、責任取ればいいの」



「先生が責任を感じる必要はないよ。だって、これは俺が勝手にやったことなんだから。アンタはアンタらしく、また明日から教師やってればいいんだ。俺みたいなバカな生徒の相手をしていればいいんだよ」



「私が、化け物で恐くないの? 九重は」


先ほどの映像がフラッシュバックし、心臓が痛み出す。肉を裂く音。飛び散る鮮血。臭気。どれ一つとっても一生忘れることは出来ないだろう。



「……恐い。正直、すげぇ恐いよ。でも、先生だって好きで人間襲ってるわけじゃないだろ。なら、仕方ない。仕方ないって思うしかない。俺のことを信じてるって前に言ったよな、アンタ。なら俺も先生を信じるよ」



「九重………」



「だから、今までと何も変わらない。アンタは先生だし、俺はその生徒だ」




いつの間にか、先生と目が合っていた。急に恥ずかしくなり視線を逸らした。先生も同じらしく、わざとらしく自分の足元を見ていた。




「ーーーありがとう。私を信じてくれて」





 夢から覚めた僕は、ソファーから体を起こし、立ち上がった。壁時計で時刻を確認する。あれから、まだ二十分と経っていなかった。



その割に随分長い間、夢を見ていた気がする。肩を回すとギシギシと痛んだ。僕は、地下室に下り鉄扉を開けた。その瞬間、生々しい血の臭いが鼻を刺した。部屋の中央では、全裸で倒れている霊華がいた。露出した肌は、相手の血で真っ赤に染まっていた。




「霊華。そろそろ起きな」



「ひか……る…? う~ん。おはよう」






「まだ夜だよ。寝ぼけてるね。立てそう?」




僕の両手を掴んで、ようやく立った霊華が部屋を見渡す。部屋中、血と肉片が飛び散り、足元もテラテラと赤黒く濡れていた。



灰色だった部屋が、今だけ赤い部屋へと変わっている。そして、以前ここにいた少女は跡形もなく消えていた。



「また……わたし…化け物になったんだね。フフ、そっか………。そうなんだ。もう笑うしかないよ、ほん…と……」



「霊華?」



「こんなこと、いつまで続くんだろうね。光がさ、なんの罪もない少女を誘拐してきて、この部屋で何日も監禁してさ。化け物になった私が、その少女達を生きたまま食べてる。なんなんだろうね、これって。地獄でもこんな酷いことしないよね、たぶん」



「……僕は、霊華さえいてくれたらそれでいいんだ。だから、そんなに自分を責めないでくれ。ツラくなる。どんな難題も二人で乗り越えていくって決めただろ? そのために必要なことなら僕は何だってするよ。今更、天国に行きたいなんて図々しいこと思っちゃいない。僕はただ、生きている間は、霊華と一緒に幸せに暮らしたいんだ」



「私だって同じ。いつまでも光と一緒にいたい。幸せだもん、今」




僕は、霊華と抱き合った。一緒にシャワーを浴び、僕は丁寧に霊華の体をスポンジで洗った。赤い泡が、排水溝に吸い込まれていく。




でもーーーーー



僕たちの罪までは洗い流してはくれない。この罪は、死んでも体を離れない。




果たして獣は、どっちだ?




妻か………。それとも僕なのか。最近、分からなくなってきている。


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