第24話
「ほんとう? 本当に解放してくれるの」
少女の目に光が宿った。この光は、彼女の生きたいという想いそのもの。
「あぁ。だから、食べなさい。新しい食べ物を今持ってきてあげるからね」
僕は、そう言い残し部屋を後にした。十分後、食べ物を持ってきた僕に対して、服を着た彼女は掠れた声でお礼を言った。
「ありがとうございます。ぁ……このことは誰にも、絶対に誰にも言いませんから」
これほど分かりやすい嘘があるだろうか。
「食べたら、眠りなさい。それじゃあ、また明日」
彼女は嘘つき。
でも、それは僕も同じ。
彼女を解放する、それは絶対にありえない。
彼女の崩壊しつつある精神では、僕の言葉が神の言葉のように聞こえたのだろう。この閉鎖された空間では、一分が一時間にも等しく感じられる。気が狂い、舌を噛んで死んでしまわないように、僕は一日に何度か彼女の様子を見に地下室に下りた。
霊華は、そんな僕の姿を見ても何も言わなかった。何も言わなかったが、霊華の気持ちは痛いほど僕に届いていた。
優しいから。だから、苦しむ。
僕には、地下室に行く以外にもやることがあった。それは、出会い系サイトで知り合った他の女子高生とのメールのやり取りだ。相手が喜びそうな話題を振り、よく相手の話を聞いた。僕自身、高校教師として生徒の流行や悩みを少なからず聞き知っていた。それが助けとなり、さほど苦労せずに相手の心に入り込むことに成功していた。
常に一人は、すぐに会えるようにしていた。緊急の場合に備えて、早めに準備を進めている。
…………………。
……………。
………。
【 これは、僕の命より大切な記憶 】
「あっ! またそんなところでタバコ吸ってぇ。ダメだよ、一応まだ高校生なんだから」
「またかよ。アンタも懲りないね。もう俺なんか無視してればいいのに」
「無視は出来ないよ。一応、私の教え子だし」
俺は、この女が嫌いだ。何かと俺の邪魔をするから、めんどくさかった。
「タ・バ・コ。消しなさい」
そんなに見つめられると落ち着いてタバコすら吸えない。本当に邪魔な女。俺は、タバコを足元に捨てると靴底でタバコが粉々になるまで踏み続けた。
「そっ! それでいいのよ。授業には出ないの? このままじゃ、どんどんおバカさんになるよ。来年は、受験でしょ?」
この女、正気か?
こんな俺が勉強したところで、どこの大学が入学を許可するって言うんだ。それに、今更何をしても手遅れ。学校の成績も学年最下位だし。
「受験なんかしない。アンタ、今の俺の成績知ってんのか? つまらねぇ冗談言うな」
「冗談? 何が。九重はさ、やれば出来る子だって思うけどな、私は。勉強だって、ちゃんと真面目に机に向かえばすぐに成績もアップするよ。絶対」
「はいはい。じゃあ、俺は帰るから」
俺は、振り返らずに歩き出した。アイツは、子供のように口を尖らせて拗ねていた。
「わたし——」
今日は、何するかな。あぁ、つまんねぇ。毎日、毎日。同じことの繰り返し。本当、つまんねぇ町だ。ここは。
「九重のこと信じてるからっ!」
足が、止まった。無意識に。
「なに?」
「私はさ、九重を信じてるよ。だから、私だけは裏切らないでね。ショックが大きいから」
「バカだな、お前。ほんと、バカだ。俺を信じるなんて」
「うるさいっ! そんなにバカバカ言うな。もう決めたの。私は、アンタを信じるって」
逃げるように。
校門を出て、アイツの姿が見えなくなってから俺は一度だけ振り返った。巨大な校舎が、俺を押し潰そうとしているようだった。俺みたいな人間のゴミを排除しようとしている。
このバカでかい校舎には、生徒が八百人以上、それと五十人以上の先生がいる。でも、その中でアイツだけが俺を信じてくれている。
アイツは、嘘をつけるほど器用じゃないから。俺は、凄く動揺していた。アイツの「信じる」って言葉が、いつまでも頭に鳴り響いていた。
……………………………………。
………………………。
…………………。
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