第19話

「嫌なのね」




「……」




「否定、しないんだ」




僕は、無言で下を向いたまま、この重苦しい空気に耐えていた。生唾を何度も飲み込む。


しばらくの間、ナナは何も言わなかった。あまりにも静か。こんなこと初めてだった。


心配になった僕は、勇気を振り絞り顔を上げた。




「ナナ? あの、ぼくさ。別にナナのことが嫌いってわけじゃないんだ。ただ、僕にも都合ってもんがあるからさ。塾のない日なら、いつだってナナの話を聞くよ」




後ろを向いて、僕の言葉を聞いているナナ。




「ねぇ、聞いてる? 僕の話」




「ナオの言ってることは分かったよ。つまりさ、塾なんてもんがなかったら私の話を聞いてくれるんでしょ?」




その重低音の声を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。もしかしたら、僕の残り少ない野生の勘が、身の危険を感じたのかもしれない。


ナナは、公園の中をゆっくりと歩き始めた。キョロキョロと目と首をせわしなく動かし、何かを探しながら歩いている。




「えっ……と、キミは何をしてるの?」




「探し物」




「何を探してるの?」




胃がキリキリと痛み出してきた。




「長い棒。理想は、鉄パイプ」




「そ、その鉄パイプをどうするの?」




「ナオの通ってる塾で使うんだよ。思い切り誰かの頭上から振り下ろしたり、窓ガラスを破壊したり、壁にでっかい穴を開けたりする」




振り返ったナナの顔は、狂気で歪んでいた。血に飢えたモンスター。




「だ、だ、ダメだよ。そんな物騒なことしたら。危ないだろ! ってか、それは犯罪だよ。そんなことしちゃ絶対にダメだ。頼むから、そんなことやめてよ」




僕は、半泣きになりながらナナに訴えた。このままナナを野放しにするのはとても危険だ。ナナが、本当に今言ったことを実行したら、僕まで共犯にされてしまうかもしれない。もしそうなったら、進学は絶望的。僕の人生、試合終了だ。


僕の頭は、瞬時にナナと塾を天秤にかけた。そして、ナナの話を大人しく聞いていたほうが賢明だと判断した。


ナナの背中を両手で押し、ベンチまで移動させる。




「なっ! ちょっと、なによ」




「ナナの話を聞かせてよ。もう塾には行かないからさ」




僕は、引きつる笑顔でそう言った。




「ふ~ん、まぁいいわ。初めからそう言えばいいのよ。私の話を聞けるなんて光栄だと思いなさい。ナオは、特別なんだからね。嬉しいでしょ?」




「……うん」




こんな特別ならお断りします。




ペンキのはげたベンチに二人で腰掛ける。ブラブラと足を揺らしているナナ。公園の出口ばかりを見ている僕。大きな月だけが、僕たちを見下ろしていた。雲がなく、空気が澄んでいる。空ばかり見ていると自分という存在がとても曖昧なものに感じられた。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなった。




「今日は、どんな話を聞きたい? 世界の七不思議がいいかなぁ」




世界の七不思議。七つどころか、三十ぐらいの不思議を既に聞かされている。正直言って、その話には飽きていた。




「七不思議はいいや。なんかもっと別の話が聞きたいな」




「う~ん。とりあえず、なんかジュース買ってきてよ。のど渇いたし、その間に考えておくからさ」




僕は、立ち上がると自販機までトボトボと歩いた。お茶と炭酸を買ってベンチに戻ると、まだナナは目を閉じて真剣に何かを考えていた。




「はい、これ」


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