第二章

第18話

【 僕は、目の前にいるこの少女が苦手だ 】




「何、ボケっとしてんの? 早く来なさいっ! 今日も面白い話いっぱい聞かせてあげるからさ」




「いや、あの……僕、これから塾なんだけど」 




「塾ぅ? そんなのサボればいいじゃない」




そう言うと彼女は、僕の左手をズイズイと引っ張っていく。僕の意思など道端に転がっている石ころ程度にしか思っていない。




「ねぇ、ナオ。今日は、どんな話が聞きたい?」




僕は、諦め半分でこの夕焼け空を見上げていた。塾をサボったことが、おじいちゃんにバレたら、また罰ゲームをやらされる。二時間みっちりと。


僕の口からは、雨雲のように重く陰湿な吐息が漏れていた。




「なんだっていいよ」




「なんでもいいって言うのが一番困るのよね。もっと真剣に考えなさいよ!」




キツイ口調は、彼女の持ち味。




「ちょっとエッチな話も出来るよ? フフ、興味あるでしょ。ナオも一応男の子なんだし。女の子の体がどうなっているか興味あるでしょ~?」




ニヤニヤ、クスクス笑いながら僕の横顔を覗き込んでくる。とても意地悪な顔で。


僕は、特に意味はないんだけどそんな彼女の顔を正面から見つめた。顔は小さく、粉雪のように柔らかく白い肌。しかも彼女は、子猫のような僕の心をくすぐる目を持っていた。




でも僕が一番興味を惹かれたのは、やはり彼女の髪の色で。




「ねぇ、どこ見てんの?」




今も銀色に輝いているその髪は、妖狐のような人間離れした美しさを持っており、僕はついついこうやって見入ってしまうのだ。




そしてーーーーー




「ジロジロ見るな! 気持ち悪い」




ガツッ!




「いっ、てぇ」 




いつものように頭を殴られるのだ。かなりの強さで。 


前に一度、「本当にナナは日本人なの?」って聞いたことがある。その時は、「こんなにお茶漬けを愛する私が、外国人なわけないでしょ! バカにすんな」って凄い剣幕で怒られた。彼女は、怒りの沸点がとても低い。小規模噴火を度々起こす。




爆弾少女。




僕と同じ中学に通っているナナは、学校でもよく誰かしらと喧嘩をしている。しかし、なぜか直接先生たちから注意を受けている場面を見たことがなかった。




(先生もナナが恐いのかな……まさか、ね)




「また、ボケっとしてぇ! もう着くよ、ほら」 




頬を膨らませ、その不機嫌さを全身で表現しながら、ナナは公園の中にズンズン入っていく。僕も仕方なくその後についていく。


木製の看板には、【天使の庭】と大それた名前がつけられている児童公園。


しかし特に目新しい遊具もなく、子供たちが、ここで遊ぶことは滅多にない。どこからともなくフラッと現れる老人や近所の野良猫のたまり場になっている。それがこの公園、天使の庭だ。




「何で遊ぶ? ブランコとか。あっ! すべり台とかいいよね。懐かしいなぁ」




「いや、中学生にもなってそんな遊びしたくないよ。………はぁ」




「なに溜息ついてんの。腹立つなぁ。そんなに私と一緒にいるのが嫌なの?」




嫌ですとも。




こんなこと、塾をサボって成績下げてまですることじゃない。


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