第16話

「それに、コイツが黙っていたとしても安全ではないよ。コイツを雇っている奴は、学校に獣人がいると疑っている。獣人や覚醒者を捕まえるまで、いつまでも探し続けるはず。金さえあれば、何人でも雇えるしさ。コイツの雇い主を知る必要があるんだよ、どうしても」





確かにそうだ。雇い主がいる限り、いつ捕まってもおかしくない。考えが、甘かった。追われる身だと自覚しないといけない。これからは、死ぬまで奴らから逃げ続けないといけないんだ。警察ですら、捕らえることのできない危ない奴らから。





「こうちょう……………」





「校長? 嘘だろ。学校の校長が、僕たちを捕らえるようにタケルに命令したの?」





「でも納得はできる。校長は、私たちみたいな危険分子は排除したいのよ。学校としてもその方がいいに決まってるし」





「もう勘弁してよ。僕たちが、何をしたって言うんだ。悪いのは、一方的に奴らの方だろっ! 獣人になりたくてなったわけじゃないのに。頭がおかしくなりそうだ。なんだよ、これ。なんで、なんでだよ! くそっ」





思い切り壁を殴った。殴っても殴っても虚しさは変わらなかった。





なんでこうなった? 





数日前まで普通の高校生だったのに。日に日に酷くなる頭痛。





「ナオト…………」





心配そうに僕を見つめている霊華。





「大丈夫。大丈夫だから」





アンナは、強引に僕の頭を自分の胸に寄せ、ゆっくりと頭を撫でた。優しい匂い。幼い頃見た母さんの後ろ姿が一瞬頭をよぎった。アンナの純粋な愛に癒されていく。





「ごめん。辛いのは、僕だけじゃないのに。ありがとう。もう大丈夫だよ」





ゆっくりと深呼吸。覚悟を決めた。



「今夜、この町を出るよ。これ以上、ここに残るのはあまりにも危険だ。でも逃げてばかりもいられない。だから、いつか必ず。仲間を集めて奴らを一掃する。このままじゃ、ゴミのように殺されていった人たちがあまりにも可哀想だし、何より僕たちが安全に暮らすためには奴らを排除するのが一番いい」





「………私も。町を出る。私がいたら、パパやママにも迷惑かけちゃうし」




霊華は、涙を耐えた目でそう語った。でも最後まで泣かなかった。女って強いな。本当にそう思う。






僕たちは、しばらく帰れないであろう我が家に別れを告げた。




午後九時。




簡単な身支度をした後、僕と霊華は、アンナの隠れ家に集合していた。僕の荷物は小さなリュック一つだけ。中身は着替えや歯ブラシ、携帯ラジオなど。父さんのへそくりからお金を借りた。必ずこのお金は返す。父さんに会って。





「遅いね、アンナさん。何してるのかな。約束の時間は過ぎてるのに」





 時計の針は、九時二十分を指している。悪い予感がした。予感だけで終わってくれればいいけど。





「学校に行ってみよう」




「ま、待ってよ!」





後ろから霊華の声がしたが、僕は立ち止まることなく学校まで走り続けた。久しぶりに全力で走ったので学校に着く頃には汗だくで、しかも酸欠のせいか軽い目眩を起こしていた。





「待ってって言ったのに」





僕のすぐ後ろには、息が全然乱れていない霊華。さすが陸上部。僕たちは、職員用の玄関から学校の中に入ると暗い廊下を突き進んだ。外の体育館には電気が点いており、賑やかな声が時々聞こえてくる。ママさんバレーの練習だろうか。二階に上がり、角を曲がるとすぐに目的の場所を見つけた。





 【校長室】





外から中の様子は分からなかったが、物音は全くしなかった。中も真っ暗なようだ。





「誰もいないみたいだね」





良かった。悪い予感は、外れたみたいだ。





「いる……」





霊華は、扉を開けると中に入った。僕も慌てて後を追う。



悪い予感は、的中した。ソファーの奥。校長のデスク近くにアンナがいた。





「アンナ? 何してる」





返事がない。部屋の電気を点ける勇気はなかった。見てしまうのが怖かった。





「たすけ…て………くれ」





 アンナの左手に顔を鷲掴みにされている校長。か細い声が手の隙間から聞こえてきた。



雲の隙間から顔を出した三日月が、その青白い光で部屋を照らしていく。部屋の左右に広がる書架には、卒業アルバムや専門書籍が綺麗に並べられていて、賞状やトロフィーも棚にいくつも飾られていた。そんな校長室で今、一人の少女が人を殺めようとしていた。





「アンナ………」





名前を呼ぶことしか出来ない。



校長を苦しめているアンナの左腕は、筋肉が盛り上がり、まるで変成岩のような硬さを感じた。腕の太さは、男である僕の五倍以上はありそうだ。そんな凶暴な腕が華奢なアンナの体から生えており、体のバランスが異様だった。





その時、爆竹の何倍もの強烈な破裂音が部屋に響いた。その後すぐに鼻に焦げた臭いが飛び込んできた。





「なっ、」





校長の右手には、しっかりと拳銃が握られていた。その銃口から白い煙が出ている。アンナの口には大きな黒い穴が開いており、飛び散った肉片は壁を真っ赤に染めていた。





「いやぁあぁ!」



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