第4話 悪役令嬢、執念の切腹を迫る

「お父様、おやめになって! そんな方でもわたくしの婚約者だったのです!」


 今度はヒロイン・悪役令嬢クラウディア登場。


 狼藉を働くパパを後ろから抱きしめる。パパは愛しの娘から止められて、息をはぁはぁ吐きながらようやく俺の顔から靴をどけた。


「ダスティン殿下……いえ、もう殿下ではなかったわ。ダスティン、大丈夫?」


 ハンカチを俺の頬にあててくれる。涙まで浮かべている。


 そう、ヒロインはゲームをしているプレイヤーに共感を得られるため、微妙ないい人エピソードを混ぜてくるのである。


「ごめんなさい、父がこんなことを。それに、平民だからといって虫けらではありません、お父様! 私達貴族は公僕でなければいけませんものッ!」


 公僕……! 


 意味不明な台詞を吐く。そんな縦ロールに似合わない言葉を吐いて笑っちゃいますよっと。


 これもまた、プレイヤーに共感を得られるための台詞だろう。なんといってもプレイヤーは皆、日本の庶民なのだ。


「ダスティン、わたくし、本気であなたのことが好きでしたの。でも、あなたは襲いかかりたくなるほど、あのユリア様が好きでしたのね」


 悔しそうにギリギリと歯ぎしりをし始めた。ユリアは可愛い系で、このクラウディアとは真逆のタイプだ。まぁ、どちらもまったく俺の好みではないのだが。


「俺はあの人を襲ったりなんて――」


「お黙り。今からでも遅くないですわ。この剣でお腹を」


 クラウディアは俺の話は聞かず、またあの短剣を出してくる。この展開はゲームにはなかった。そしてあろうことか、鞘から剣を抜いた。


「手伝ってさしあげますわ」


 鋭すぎる剣筋で俺の腹を目掛けて突きを入れてくる。慌てて転がって逃げるも、疾風の速さで腹を目掛けて突撃してこようとする。


 俺も王立学園の武術の授業では、常にトップの成績をキープしていた。王国軍軍団長も腕前には太鼓判を押してくれている。


 しかし、この女に勝てる気がしない。


「やめて下さい、落ち着きましょう! あなたのその行動は、『手伝う』レベルではありません。殺人です! 俺は王子はクビになりましたが、人間はクビになってません! 公爵令嬢が人殺しなんて!」


「お黙りなさい! わたくしにはもう失うものなど、なにもなくてよ!」


 さすがに優雅に茶を飲んでいられなくなったのか、アレックスが間に割って入り、スキル『いたいけな子供』を発動した。要は子供らしくうるうるとした目で甘えるのである。


 俺とアレックスは中見はまったく似ていないが、容姿はよく似ている。アレックスもまた、可愛らしい黒髪美少年だ。


「お願いです! 兄上を殺さないで。ボクにとってはたった一人の兄なんです。兄がいないとボクは生きていけません」


 通せんぼをしながら、涙を流して大熱演。身体を張って俺を守ってくれる。


「クラウディア嬢、どうしても兄上を殺すというのなら、先にボクを殺して下さい」


「うっ……」


 さすがのクラウディアも、子供に刃物を向けるわけにはいかないようだ。クラウディアパパも、アレックスの参戦に慌てて止めに入る。いくらなんでも、クビになっていない王子を刺し殺すのはまずい。


「や、やめなさいクラウディア。すまないな、アレックス殿下。大人にはそういう修羅場もあるんだ。君にも時期にわかる時がくる。見なかったことにしてくれ」


 叔父はアレックスを子供だと思っているので、とにかく頭をなでくりまわしてご機嫌を取る。


 何が「君にもわかる時がくる」だよ。こんな修羅場、アレックスには体験してほしくないよ。


「わかっています、外務大臣閣下。すべて兄上が悪いのです。でも……殺さないで」


「あぁ……わかっているよ。君に免じて命だけは助けてやろう」


 恩着せがましくクラウディアパパはそう言った。


 パパは大人しく部屋を出て行ったが、クラウディアはドアの前で振り返った。


「わたくし、諦めていませんから。絶対にあなたのお腹をこの剣で切り裂いてみせますわっ」


 そう捨て台詞を吐いて去っていく。


「…………なぜ、あのご令嬢は兄上のお腹に執念を燃やしているのでしょうか? 好きゆえに内臓まで見てみたいとか?」


「そんな猟奇的な愛はいらんわッ!」


 それにこの世界が王弟ルートで進行しているのなら、彼女の心は叔父上に傾いているはずだ。内臓なら叔父上に見せてもらえばいいじゃないか。そうすれば滅亡は回避できるのに。

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