第3話 悪役令嬢パパに顔を踏まれる

「で、つまり今、ゲームはこの国を破滅へと導く『王弟ルート』に入ったということですが、他の人ではなく、叔父上のルートだと断言するのはなぜです?」


「そりゃ、あの断罪場面にいたのが叔父上だからだよ。叔父上のルートの時だけ、父上は病に伏せってるんだ」


 毒でも盛られたんじゃね? と思うのだが、そこははっきりとは描かれてはいない。だが、叔父は反逆するだけにダークヒーロー寄りな人物である。兄である父上からは幼いころより虐げられ、復讐を誓っているようなのだが。


「でも、叔父上はタマサイ帝国にとって、単なる駒に過ぎなかったようなんだ。叔父上もタマサイ帝国の皇帝に殺される」


「は? なんですかそれ? 叔父上は国を売っておいて最後は死んじゃうとか、バカみたいですね」


「そうなんだよ。あいつは可哀想な男なんだ」



 このゲームのエンディングは非難轟々で大炎上になった。Amazonのレビューは☆1で溢れ返り、プレイヤー達からは「金返せ!」コールが巻き起こった。


 誰も幸せになれないバッドエンドだ。こんなのが最後の攻略対象なのだから後味は最悪だ。姉もパソコンを壊す勢いで暴れた。



「その日本の関東地方のヤツ、殺しましょう。関東地方に攻めいるのです!」


「やめなさい。ていうより、日本の関東地方は、この世界とは別世界なんだ。いくらお前さんが第二王子の権限を振りかざそうが、攻め込むことは不可能だ」



 記憶がよみがえってから世界地図を確認したが、どこにも日本、アメリカ、フランス、中国、のような俺達の世界にお馴染みの国はなかった。


 ネットもスマホもなく、情報は書物でしか得られない世界。科学技術はないが、それを補うように魔法がある。魔法の力を使った魔道具で、この世界は何不自由なく暮らせている。


 魔法なんて、まさしく異世界ファンタジーの世界だ。



「しかし、兄上の話にはいくつか矛盾点があるのです。指摘してもよろしいですか?」


「いちいち許可取らなくていい。なに? 矛盾って」


「兄上はどうやって、そのエロい光景見放題の世界から、そんな光景は大人になって妻を娶るまで見られないこの世界にやってきたのですか?」


「……なんて言い方をするんだ。そんなにエロが見たいのか。マセガキか!」


 まぁこの世界にきたのは転生、なのだが。


 なぜあえてもっと大ヒットしたゲームでも、俺がやりこんでいた他のゲームでもなく、このクソゲーの世界に紛れこんでしまったのか。


 そのヒントとなるのは、俺のあの世界での《死んだ時の状況》だ。



「あの時――ゲームのエンディングまで終えて、俺と姉は狂ったように『クソゲー死ね!』と喚いていたんだ。ネットでAmazonのレビューを見て『そうだよな、そうだよね!』と、姉と意気投合してたんだ。でもその時、家に衝撃が走ったんだ」


 我が家は小さなアパートの一階にあった。ちょうど道の角になっていた。


「――そこに、一台のトラックが突っ込んできたんだ」


「とらっくってなんですか?」


「巨大な荷馬車みたいなやつ」


 俺と、恐らく姉もだが、そこで記憶が途切れた。痛みも感じることなくあっという間の最期だった。即死だったのだ。


「俺が死ぬ間際に見た胸糞エンディングだったから、魂がそこに飛んじゃったのかなぁ……なんて」


「つまり、エロい光景見放題の世界では兄上は亡くなっていて、直前に見たクソ面白くもないゲームの世界に魂だけ入り込んでしまった、と」


「さすがはアレックス。理解が早いな。あっちで死んで、こっちで生まれ変わり――いわゆる転生ってやつだな」


 あ~あ……。姉ちゃんに付き合っていたせいで最低だ。もっと好きなゲーム他にあったのに。そっちの世界に行きたかったよ。俺、この世界じゃチート能力もなんもなく、ただ単に悪役令嬢の機嫌取ってばかりの胃が痛い生活しか送ってないんですけど。


 ちなみに、前世の記憶が蘇ったのは、悪役令嬢と婚約をした十一の時だ。今は十八歳ね。




「――それ、全部兄上の妄想ってことはないですか?」


「残念ながらそれはないな。色々なことをはっきり覚えてるもん。次の展開は俺の部屋に悪役令嬢クラウディアのパパがきて、『破廉恥な国の恥さらしがッ!』って言って、俺を足蹴にするんだ。その後『貴様はもう王子じゃない』とか『虫けら』って言って、靴を舐めさせ――」


 言った瞬間から、ドアがバーンと開けられた。クラウディアの父が登場である。


「貴様、まだ王宮にいたのか。荷物を持って出ていけと言われたのが聞こえなかったのか? 破廉恥な国の恥さらしが!」


 そう言って、弟と語り合う俺の腕を掴み、突き飛ばした。クビ王子である俺はともかく、アレックスもいるのにこの狼藉。


 このオッサンは王族ではないが、準王族。筆頭公爵であり、国の要職でもある外務大臣を務めている。まだ子供といっていいアレックスなどに敬意を払う必要もないと考えているのだろう。


 受け身を取って起き上がろうとする俺を、クラウディアパパは思いっきり足で蹴飛ばす。


「貴様はもう王子じゃない。単なる平民だ。この虫けらがッ!」


 さらに足で肩や腹を蹴り続ける。アレックスは「うわぁ~ほんとにその展開になった~」と感心している。


「あぁ、貴様のせいで靴が穢れた。舐めろ」


 俺の顔を足で踏んでくる。なぜこんなシーンが女性向けのゲームに出てくるのか謎だ。このシーンはどのルートを選択しても出てくるのだ。


 これが『ざまぁ』ってやつなのだろうか。靴舐めろ、で世の女性達は『スカッ』とするのだろうか。


「舐めてもいいですけど、俺の唾液でますます靴が穢れちゃいますけどいいですか?」


 この台詞はゲームにはなかった。どのパターンでも、ダスティンは黙って大人しくクラウディアパパの靴を舐めるのである。ゲームはSっ気のある女子がターゲットだったのだろうか。


 そんな時にまた来客だ。

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