第2話 この世界は乙女ゲームなんです!

「兄上、バカですね。詰めが甘いんです。嵌められたのは自業自得というものです」


 今度は十二歳の弟に責められる。


「私なら、飲みかけの飲み物を放置してトイレなんて行かないです。王族の基本です」


「そうなのか?」


「当たり前じゃないですか」


「急にお腹が痛くなっても? お茶は一気飲みするには熱すぎるのに?」


「トイレに持っていけばいいでしょ」


 十二歳の弟・アレックスは、とてつもなく優秀だ。学生時代の宿題も、この弟に手伝ってもらった。飛び級で、俺より二年早く王立学園を卒業し、政治経済、歴史学、数学など、あらゆる博士号を取得している。


「で、話を続けて下さいよ。この世界は『乙女ゲーム』ってやつなんですよね?」


 アレックスは、俺のしょうもない話にも付き合ってくれる。


 俺はこの世界が『悪役令嬢は扇子で無双する』というタイトルの乙女ゲームにそっくりであることを弟に語り出した。



 かつての俺は、パソコンやテレビという電脳機器が氾濫している『日本』という国で暮らしていた。俺には一歳年上の姉がいて、姉はよく、パソコンで乙女ゲームをプレイしていた。姉は乙女ゲームだの、BLゲームだのが好きな人間で、部屋は薄い本で溢れている。


 うちは裕福な家ではなかったため、パソコンは一家に一台だけしかない。高校生の俺は、しょっちゅう姉とパソコンの取り合いになった。「早く終わらせろよぉ~」と姉を急かしながら、一緒に攻略を考えていたのだ。


 姉が寝静まった後、エロい動画を見ようと思い、乙女ゲームに興味はなくても協力していたのだ。



「――兄上の元いた世界は、電脳世界でエロい光景が見られるのですね。でもそういういらない情報はいいですから。早くこの世界のことを話して下さい」



 すかさず弟のダメ出しが入るが、この前置きの情報がないと、なぜ俺が男でありながら乙女ゲームを熟知していたのかわからないではないか。


「で、姉がプレイしてたのが『悪役令嬢は扇子で無双する』なわけでさ――」


 ヒロインのクラウディア・サウス・チャンドラーは、筆頭公爵を父に持つ超のつくお嬢だ。このお嬢は、幼き頃より、カントゥール大陸のバチ地方を治めるバチ王国王家の第一王子・ダスティン・ティム・シルヴェス(今の俺)の婚約者として定められていた。


 このダスティン王子がクズ野郎なのだ。


 見た目はさらさら黒髪の可愛い系イケメンなのだが、女ぐせが悪い。婚約者がいながら、男爵令嬢といい仲になってしまい、ヒロインを冤罪にかけて追い落とすのである。


 ここでプレイヤー達は「なんて酷い男なの、ダスティンは!」となり、一気にヒロインに肩入れするようになる。ヒロインは婚約破棄をされてしまうが、悲しみにくれるヒロインに、攻略対象が手を差し伸べる。


 誰が手を差し伸べるか、は序盤のヒロインのステータスや、イベントでの各キャラクターの好感度、もしくはゲームの進行度で決まる。


 序盤の攻略対象は、宰相の息子、近衛騎士団長の息子。彼らは今の俺とも普通に友達だ。そして天才魔術師。こやつはマッドサイエンティストで、プレイヤーからはそこそこ人気だった。学園のクラスメートだったが、俺はちょっと不気味なイメージがあって話したことがない。


 これら三名を攻略した後、留学中の隣国のイバキラ王国の王太子も攻略対象となる。地位、容姿共にダスティンよりもグレードが高い人物だ。上三名は、こいつをこなすための前置きのようなものだ。一番人気がこの王太子殿下である。


 攻略対象は、ゲーム序盤で筆頭公爵と結託し、ダスティンの不正を暴くのである。不正といってもバカ王子のことだから、大したことはしていない。テストをカンニングしてるだの、男爵令嬢と図書室でエロいことをしていただのと、しょうもないことばかり。


 しかし、これでダスティンは王位継承者の資格なしとされ、ヒロインとヒロインの父、そして国王から国外追放処分を言い渡される。その場で攻略対象からも「ざまぁ」と罵られるのだ。



「――はい、質問です。なぜ第二王子のこの私が攻略対象に入っていないのでしょうか?」


「そりゃ、お前さんは十二歳じゃないか。ゲームのメインターゲットは高校生以上の女子なの。十二歳なんてお呼びじゃないんだよ」



 アレックスは面白くなさそうにしているが、話を続ける。


 そして、この四名を攻略した後、王弟のチャールズが攻略対象となる。このチャールズルートだけが異質だ。他の四名とはシナリオライターが別という話だ。なんというか、女性がメインターゲットの乙女ゲームとは思えないのだ。


 これまでの四名ルートは血を流すこともなく、平和にヒロインとヒーローがくっつきました、めでたしめでたしで終わる。


 しかし、チャールズの場合、大量の血が流れる。チャールズは先の国王、つまりダスティンの祖父の子だ。晩年になり産ませた子のようで、ダスティンと兄弟といっても不思議ではないほど歳が近い。


 そのチャールズの母親が曲者だ。なんとこの母親は、隣国の大帝国・タマサイ帝国の超上級スパイなのだ。このスパイが前王を誑し込み、出来上がったのがチャールズだ。チャールズはこの上級スパイである母から幼少期よりスパイとして仕込まれている。


 彼はこれより半年後、国王に反逆する。すると雪崩のようにタマサイ帝国から大軍が押し寄せてくる。タマサイ帝国とチャールズの領地は隣り合わせの箇所がある。そこから一気に進軍してくるのだ。



「うわぁ……マジですか。第二王子の私はどうなるのです?」


「お前さんは王子だけどモブなんだ」


「モブってなんですか?」


「名前が出てこない。『王族は皆殺しにされました』のナレーションで死ぬ。いわゆるナレ死ってやつだ」


「えぇ~。攻略対象に入っていないだけでも許せないのに。そのゲームを作ったのはどこの誰ですか?」


「日本の、関東地方の人間じゃないか? きっと」


 カントゥール大陸だの、バチ王国だの、イバキラ王国だの、タマサイ帝国だの、この大陸には関東地方にある県名、または県庁所在地を絶妙にいじった国名ばかり存在する。


 そんなふざけた国で真面目に生きているのが俺達なんだ。

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